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東京地方裁判所 昭和54年(特わ)1559号 判決

本店所在地

東京都練馬区西大泉町一八八四番地

株式会社河野商事

(右代表者代表取締役河野利夫)

本籍

同都同区同町一九七六番地

住居

同都同区同町一八八四番地

会社役員

河野利夫

昭和五年三月二五日生

本籍

京都市上京区中立売通室町東入花立町四八六番地

住居

東京都中野区南台三丁目三六番九号

無職

岡敏晴

昭和一二年二月五日生

本籍

広島県尾道市美ノ郷町本郷二二三番地

住居

埼玉県狭山市狭山台三丁目一八番地の一一

会社員

隣浩一郎

昭和一三年一〇月六日生

右株式会社河野商事に対する法人税法違反、河野利夫に対する法人税法違反、詐欺各被告事件並びに岡敏晴、隣浩一郎に対する各詐欺被告事件について、当裁判所は、いずれも検察官長山賴興出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社河野商事を罰金一億二〇〇〇万円に、

被告人河野利夫を懲役三年六月に、

被告人岡敏晴を懲役三年に、

被告人隣浩一郎を懲役二年六月に

各処する。

この裁判確定の日から被告人岡敏晴に対し四年間、同隣浩一郎に対し三年間それぞれ刑の執行を猶予する。

被告人河野利夫他一名に対する詐欺等被告事件の訴訟費用は被告人河野利夫の負担とする。

理由

(被告人らの経歴等)

被告人株式会社河野商事(以下「被告会社」または「河野商事」という。)は、昭和四三年二月五日東京都練馬区西大泉町一八八四番地に本店を置き、土本建築に関する工事の設計・施工などを目的として資本金一〇〇万円で被告人河野利夫により設立された株式会社であり、被告人河野利夫は、右被告会社設立以来その代表取締役として被告会社の業務全般を統括するとともに、後記フジタ工業株式会社の下請業者として後記第二の各土木工事に従事していたもの、被告人岡敏晴及び同隣浩一郎は、建築及び土木工事を業とするフジタ工業株式会社(以下「フジタ工業」という。)に勤務し、被告人岡は、同五〇年一二月一日からフジタ工業東京支店土木工事第一部長代理として、同五一年十二月一日から同支店土木工事第一部長として、同五二年一二月一日から同支店土木工事統括部長兼工事部長として所轄の作業所長を指揮監督し、フジタ工業が受注した後記第二の一及び二の土木工事の施工に関し下請業者に対する発注及び工事代金支払の査定等の業務を統括していたもの、被告人隣は、同五〇年六月一日からフジタ工業東京支店土木工事第一部所轄の環八幹線作業所長として、同社が東京都下水道局から受注した後記第二の二の下水道用円形管敷設工事である「環八幹線その二工事」に関し、下請業者に対する発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していたものである。

(罪となるべき事実)

第一法人税法違反事件(被告会社、被告人河野の関係)

被告人河野は、被告会社の代表取締役として被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、架空の外注、傭車費を計上するなどし、これによって得た資金をもって簿外預金を蓄積するなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、

一  昭和五〇和五月一日から同五一年四月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億七九二七万三六七円(別紙修正損益計算書(一)参照)あったにかかわらず、同年六月三〇日東京都練馬区栄町二三番地所在の所轄練馬税務署において、同税務所署に対し、その所得金額が四一五万五一六三円でこれに対する法人税額が一一〇万六五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和五四年押第一五三四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額七〇八一万一一〇〇円(別紙税額計算書中の同事業年度分参照)と右申告税額とは差額六九七〇万四六〇〇円を免れ、

二  同五一年五月一日から同五二年四月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億七九四二万八八五九円(別紙修正損益計算書(二)参照)あったにかかわらず、同年六月三〇日前記練馬税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二〇六万七八一九円でこれに対する法人税額が五七万八七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億九〇九三万一二〇〇円(別紙税額計算書中の同事業年度分参照)と右申告額との差額一億九〇三五万二五〇〇円を免れ、

三  同五二年五月一日から同五三年四月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六億四二四三万二六五六円(別紙修正損益計算書(三)参照)あったにかかわらず、同年六月三〇日前記練馬税務署において、同税務署長に対し、その欠損金額が八九一万八一一九円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億五六一三万一六〇〇円(別紙税額計算書中の同事業年度分参照)を免れ

たものである。

第二詐欺事件(被告人河野、同岡、同隣の関係)

一  (表参道作業所関係-被告人河野、同岡の犯行)

被告人河野、同岡は、フジタ工業が帝都高速度交通営団から受注した地下鉄表参道駅構築等の工事である「営団地下鉄一一号線表参道四A工区工事」に関し、フジタ工業東京支店土木工事部表参道作業所長として下請業者に対する右工事の発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していた分離前の相被告人朝香駿児と共謀のうえ、フジタ工業から工事代金の支払各下に三〇〇〇万円余を騙取しようと企て、朝香において、別紙一記載のとおり、昭和五一年九月一五日ころから同年一一月一五日ころまでの間、前後三回にわたり、東京都渋谷区千駄谷三丁目一三番一八号WDIビル内所在のフジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長等を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、河野商事が右工事に関し下請施工した工事名「青山パーキング跡地掘削、残土処分等」なる工事(契約番号三六一-〇一)ほか五件の工事について、その実際出来高が合計五四八一万一〇〇〇円にすぎないにもかかわらず、河野商事が施工した実際出来高があたかも合計八五四六万円であったように装い、かつ受領する工事代金中右差額相当分の金員は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、河野商事作成名義の右工事代金の合計が八五四六万円となる各請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右各請求額に相当する所定の工事出来高があった旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よって、フジタ工業から同都練馬区東大泉五〇九番地二七所在の富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに同年一〇月一五日五三五六万九七一八円、同年一一月十五日六九二二万六七三四円、同年一二月一五日五一〇七万二〇〇〇円の各振込送金を受け、また、被告人河野において、同都渋谷区千駄谷四丁目六番一五号フジタ工業本社において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに同年一〇月一五日額面合計一六一三万円、同年一一月一五日額面合計二三七七万円、同年一二月一五日額面合計一一八二万円の各約束手形の交付を受け、もって右実際出来高との差額三〇六四万九〇〇〇円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得、

二  (環八作業所関係-被告人河野、同岡、同隣の犯行)

被告人河野、同岡、同隣は、共謀のうえ、前記「環八幹線その二工事」に関し、フジタ工業から工事代金の支払名下に二億五〇〇〇万円余を騙取しようと企て、被告人隣において、別紙二記載のとおり、同五二年八月六日ころから同年一〇月六日ころまでの間前後三回にわたり、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は河野商事をしてそのような工事を施工させる意思がなく、かつ受領する工事代金は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、あたかも前記「環八幹線その二工事」の関連工事であるように仮装して河野商事に対して工事名「立杭工事」ほか三件の工事(工事代金合計二億五二四〇万円)を発注する手続をされたい旨内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付し、同年八月一一日ころから同年一〇月二六日ころまでの間前後四回にわたり、情を知らない右調達課員をして、河野商事に対し右各工事を発注させるなどしてその旨の工事契約を締結させたうえ、同年八月一二日ころから同年一二月一五日ころまでの間前後五回にわたり、被告人隣において、前記フジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、その事実がないのにあたかも河野商事が右発注にかかる右「立抗工事」ほか三件の工事を完工したように装って、河野商事作成名義の右工事代金合計二億五二〇四万八五〇〇円の請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右請求額に相応する所定の工事出来高があった旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よって、フジタ工業から、前記富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに同年九月一六日八五九四万一七一〇円、同年一〇月一五日九六一二万一〇〇〇円、同年一一月一五日九九九六万二〇〇二円、同年一二月一五日一億一〇九二万九六〇〇円、同五三年一月一七日七四一四万八八〇〇円の各振込送金を受け、また、被告人河野において、前記フジタ工業本社において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに同五二年九月一六日額面合計二四九四万円、同年一〇月一五日額面合計二七一七万円、同年一一月一五日額面合計二七〇〇万円、同年一二月一五日額面合計三三三〇万円、同五三年一月一七日額面合計二九二七万円の各約束手形の交付を受け、もって右二億五二〇四万八五〇〇円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得、

三  (小石川作業所関係-被告人河野の犯行)

被告人河野は、フジタ工業が東京電力株式会社から受注した高圧電線の管路新設等の工事である「練馬・九段線管路新設工事(第四工区)」に関し、フジタ工業東京支店土木工事部小石川作業所長として、下請業者に対する右工事の発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していた分離前の相被告人片山正喜と共謀のうえ、フジタ工業から工事代金の支払名下に四〇〇〇万円を騙取しようと企て、片山において、同五三年三月二二日ころ、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は河野商事をしてそのような工事を施行させる意思がなく、かつ受領する工事代金は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、あたかも右工事の付帯工事であるように仮装して、河野商事に対して工事名「建設省官舎及天竜木材社宅防護注入に伴う布掘及仮復旧工」なる工事一式(工事代金四〇〇〇万円)を発注する手続をされたい旨の内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付し、同月二五日ころ情を知らない右調達課員をして、河野商事に対し右のとおりの工事を発注させる等してその旨の工事契約(契約番号〇四一-〇一)を締結させたうえ、片山において、同年四月一五日ころ、前記フジタ工業東京支店において同支店工務部工務課長等を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、その事実がないのにあたかも河野商事が右布掘等の工事を完工したように装って、河野商事作成名義の右工事代金四〇〇〇万円の請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右請求額に相応する工事出来高があり、右工事代金全額が支払額である旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よつて、同年五月一五日ころ、フジタ工業から、前記富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに四七三八万五九〇〇円の振込送金を受け、また、被告人河野において、前記フジタ工業本店において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに額面合計一三六〇万円の約束手形の交付を受け、もつて右四〇〇〇万円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得

たものである。

(証拠の標目)

○ 本項において、特に年度を付さない月日は昭和五四年のそれを指し、供述調書はすべて検察官に対するものを指す。

第一被告会社、被告人河野の関係

判示事実全部につき

一  被告人河野の当公判廷における供述

一  同被告人の六月一日付、同月一一日付、同月二九日付各供述調書

一  同被告人作成の「フジタ工業(株)〈特〉及びその他」と題する書面

判示被告人らの経歴等及び第一の各事実につき

一  第一回公判調書中の被告人河野の供述部分

一  河野富美江の五月二三日付、六月一〇日付(二通)各供述調書

一  東京法務局練馬出張所登記官作成の登記簿騰本

判示第一の一及び二の各事実につき

一  遠藤薫の供述調書

判示第一の一の事実につき

一  河野富美江の六月一一日付供述調書

一  押収してある昭和五一年四月期法人税確定申告書一袋(昭和五四年押第一五三四号の1)、昭和五一年四月期法人税確定修正申告書一袋(同号の2)、総勘定元帳(51/4期)一綴(同号の5)

判示第一の二及び三の各事実につき

一  河野富美江(六月一三日付、七月二日付)、荒木時雄の各供述調書

判示第一の二の事実につき

一  河野富美江の六月一九日付供述調書(添付書類とも一九枚綴りのもの)

一  押収してある昭和五二年四月期法人税確定申告書一袋(前同号の3)、総勘定元張(52/4期)一綴(同号の6)、越山会領収證等在中の封書一袋(同号の8)

判示第一の三及び第二の二の各事実につき

一  被告人河野の六月二一日付供述調書

判示第一の三及び第二の三の各事実につき

一  被告人河野の同月八日付、同月一七日付各供述調書

判事第一の三の事実につき

一  河野富美江の同月三日付供述調書

一  押収してある昭和五三年四月期法人税確定申告書一袋(前同号の4)、総勘定元帳(53/4期)一綴(同号の7)

判示第一の別紙修正損益計算書(一)ないし(三)掲記の各勘定科目別「当期増減金額」欄記載の数額のうち、

右別紙(一)ないし(三)の各〈24〉につき

一  河野富美江作成の「交際費について」と題する申述書

同各〈33〉につき

一  収税官吏作成の一月一一日付受取利息調査書

同各〈48〉につき

一  収税官吏作成の七月二日付交際費等の損金不算入額調査報告書

同各〈50〉につき

一  河野富美江作成の「アルバイト給料について」と題する申述書

同各〈51〉につき

一  収税官吏作成の一月一一日付工事雑費調査書

同各〈52〉につき

一  収税官吏作成の同日付公租公課(源泉所得税)調査書

右別紙(一)、(二)の各〈10〉につき

一  収税官吏作成の同日付架空工事経費(捨場代)調査書

右別紙(一)の〈1〉につき

一  株式会社三井銀行本店営業部預金課副課長作成の証明書

同〈4〉、〈11〉につき

一  検察官作成の六月一三日付捜査報告書

同〈6〉につき

一  収税官吏作成の一月一一日付修繕費調査書

同〈51〉につき

一  検察官作成の六月一一日付捜査報告書

(なお、同証拠により推計計算される五一年四月期の工事雑費は一〇一九万七五八五円であるところ、被告人河野の前記六月一一日付供述調書によれば同年度における工事雑費はどんなに多くみても一〇〇〇万円を超えることはなかったことが認められるので、前認定のとおり、一〇〇〇万円を工事雑金額と認めたものである。)

右別紙(二)の〈13〉、〈24〉及び(三)の〈10〉、〈17〉、〈20〉、〈36〉につき

一  検察官作成の六月二九日付捜査報告書(添付書類とも四枚綴りのもの)

右別紙(二)、(三)の各〈28〉につき

一  収税官吏作成の一月一一日付減価償却費否認額調査書

同各〈53〉につき

一  検察官作成の六月三〇日付捜査報告書

右別紙(二)の〈36〉につき

一  検察官作成の六月二九日付捜査報告書(添付書類なく四枚綴りのもの)

右別紙(三)の〈49〉につき

一  収税官吏作成の一月一一月付割引債券償還差益金調査書

判示被告人らの経歴等及び第二の各事実につき

一  第三回(頭書の事件番号が昭和五四年刑(わ)第一八〇九号と記載のもの。以下、第三回公判調書とはこれをいう。)及び第四回公判調書中の被告人河野の各供述部分

一  証人和泉等、同海老原進、同川田望、同管野和男、同正富継男、同山本博、同岡敏晴、同伊藤晴芳、同柴田進、同河野富美江の当公判廷における各供述

一  第五回公判調書中の証人木下文男、同中村欣弥の各供述部分

一  分離前の相被告人岡敏晴他一名に対する詐欺被告事件(昭和五四年刑(わ)第一八六五号等)の第一一回、第二一回、第二二回公判調書中の分離前の相被告人岡敏晴の各供述部分

一  右同被告事件の第一三回公判調書中の証人福本哲也の供述部分

一  五味正夫(但し、四ないし六、一一ないし一三項を除く)、中村欣弥(四通、但し、六月一〇日付(添付書類とも一八枚綴りのもの)につき七項を、七月一三日付につき一、五、六項を除く)、河合正太郎(二通)、野崎明(但し、六項を除く)、大門英治、荒井利男、大西進(六月一八日付-但し、四ないし六項を除く。同月二三日付-但し、四、八項を除く)、黒田恵(但し、一二項を除く)、木下文男(四月二四日付-但し、八ないし二一項を除く。六月一四日付。同月二〇日付-但し、九項を除く。同月二七日付-但し、三、四項を除く)、臼井幸子、中村邦典、金子昌泰(二通)、荒木繁、河野富美江(六月一四日付、同月一九日付(添付書類とも三〇枚綴りのもの))、伊藤晴芳(七月二五日付)、福本哲也(同月二五日付)、岡敏晴(七月九日付、同月一四日付-但し、三項を除く)の各供述調書

一  株式会社富士銀行大泉支店営業課長代理作成の「当座預金取引について」と題する書面

一  検察事務官作成の六月二日付、九月八日付各捜査報告書

一  押収してある職員台帳一枚(昭和五四年押第二〇三六号の3)、手帳二冊(一九七七年用及び一九七八年用日立建機と各記載のもの)(同号の8、9)

判示第二の一及び二の各事実につき

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人岡敏晴の供述部分

一  岡恵津子(三通)、岡敏晴(六月二二日付、七月一三日付)の各供述調書

一  岡敏晴作成の「出入金一覧表」、「正誤表」、「出入金一覧表(岡、隣)」と各題する書面

判示第二の一の事実につき

一  被告人河野の六月二二日付、七月三日付各供述調書

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人朝香駿児の供述部分

一  第六回公判調書中の証人河名竧一、同鹿田住雄、同山本好文の各供述部分

一  第七回公判調書中の証人朝香駿児の供述部分

一  河野富美江(同月四日付(添付書類とも七枚綴りのもの))、鹿田住雄(五月二四日付-但し、五ないし一〇項を除く)、河名竧一(但し、二、四ないし六項を除く)、朝香待子、新井澄夫、岡敏晴(七月三日付)、朝香駿児(同月四日付-但し八、一〇ないし一二項を除く。同月八日付-但し、五ないし一三項を除く。同月一四日付(四枚綴りのもの))の各供述調書

一  山本好文作成の上申書

一  朝香駿児作成の「五一年九月~一一月間に於ける河野商事に対する約三、〇〇〇万円の水増し査定の内訳説明書」と題する書面

一  検察事務官作成の七月一一日付捜査報告書及び「証拠物の写し作成について」と題する書面

一  押収してあるメモ一通(写)(前同号の7)

判示第二の二及び三の各事実につき

一  押収してある調書受付簿五冊(前同号の2)

被告人らの経歴等及び第二の二の各事実につき

一  証人隣浩一郎の当公判廷における供述

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人隣浩一郎の供述部分

一  第六回公判調書中の証人高見憲一の供述部分

一  分離前の相被告人岡敏晴他一名に対する詐欺被告事件(昭和五四年刑(わ)第一八六五号等)の第一三回公判調書中の分離前の相被告人隣浩一郎の供述部分

一  高見憲一(五月一七日付-但し、四、七、九、一二項を除く。七月二日付-但し、六ないし二一項を除く)、森山信太郎(七月六日付)、小胎彰、渡部義年、塚田和男、前田広、山本好文(六月二〇日付)、志水通克、隣美江、岡敏晴(同月五日付-但し、六項を除く。同月一八日付、同月一九日付、同月二一日付)、隣浩一郎(同月二二日付、同月二四日付、同月二九日付、同月三〇日付、七月二日付-二通、但し、一四枚綴りのものにつき四項を除く)の各供述調書

一  木下文男作成の上申書

一  隣浩一郎作成の「出入金一覧表」、「正誤表」と各題する書面

一  検察官作成の五月三日付、六月三日付各捜査報告書

一  検察官他一名作成の捜査報告書

一  検察事務官作成の七月一〇日付捜査報告書

一  押収してある職員台帳一枚(同号の4)

判示第二の三の事実につき

一  被告人河野の五月二九日付供述調書

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人片山正喜の供述部分

一  第五回及び第八回公判調書中の証人片山正喜の各供述部分

一  第七回公判調書中の証人山岸茂の供述部分

一  谷内桂子、山岸茂(五月二五日付-但し、四ないし六項を除く)、片山摂子、山本光男、河野富美江(同月三〇日付-但し、一、一三、一五、一六項を除く)、片山正喜(六月七日付-但し、七項を除く。同月八日付-但し、一一、一二、一三、一六ないし二〇項を除く)、岡敏晴(七月一二日付-但し、三、四項を除く)の各供述調書

一  検察官作成の五月三〇日付捜査報告書

一  押収してある職員台帳一枚(前同号の5)

第二被告人岡、同隣の関係

判示被告人らの経歴等及び同第二の一、二の各事実につき

一  被告人岡の当公判廷における供述

一  第三回公判調書(頭書の事件番号が昭和五四年刑(わ)第一八〇九号と記載のもの。以下、第三回公判調書とはこれをいう。)中の同被告人の供述部分

一  同被告人の六月二日付(騰本)、同月五日付、同月八日付(騰本)、同月二二日付、七月九日付(但し、被告人岡に対する関係において)、同月一三日付、同月一四日付各供述調書

一  同被告人作成の「出入金一覧表」、「正誤表」、「出入金一覧表(岡・隣)」と各題する書面

一  証人河野利夫、同柴田進、同伊藤晴芳、同福本哲也の当公判廷における各供述

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人河野利夫の供述部分

一  分離前の相被告人河野利夫他一名に対する詐欺等被告事件(昭和五四年特(わ)第一五五九号等)の第五回公判調書中証人中村欣弥の供述部分

一  五味正夫、中村欣弥(四通)、河合正太郎(二通)、野崎明、大門英治、荒井利男、大西進(六月一八日付)、同月二三日付)、黒田恵、木下文男(五通)、臼井幸子、中村邦典、金子昌泰(二通)、荒木繁、岡恵津子(三通)、安部桂子(但し、被告人岡に対する関係において)、近藤廣巳(同上)、福本哲也(七日二五日付)、伊藤晴芳(七月一日付、同月二五日付)、河野富美江(六月一四日付、同月一九日付、(添付書類とも三〇枚綴りのもの))の各供述調書

一  株式会社富士銀行大泉支店営業課長代理作成の「当座預金取引について」と題する書面

一  検察事務官作成の六月二日付、同月二〇日付、七月五日付、九月八日付各捜査報告書

一  押収してある職員台帳一枚(昭和五四年押第一五三四号の11)、手帳二冊(一九七八年及び一九七七年のもので日立建機と各記載したもの)(同号の16、17)

判示第二の一の事実につき

一  被告人岡の七月三日付供述調書

一  第三回公判調書中の分離前の相被告人朝香駿児の供述部分

一  証人朝香駿児の当公判廷における供述

一  分離前の相被告人河野利夫他一名に対する詐欺等被告事件(昭和五四年特(わ)第一五五九号等)の第七回公判調書中の証人朝香駿児の供述部分

一  朝香駿児(七月四日付、同月八日付、同月一二日付(二通)、同月一四日付(二通))、河野利夫(六月二二日付、七月三日付)、河野富美江(七月四日付(二通))、鹿田住雄(二通)、河名竧一、朝香待子、新井澄夫の各供述調書

一  検察事務官作成の七月一一日付捜査報告書及び「証拠物の写し作成について」と題する書面

一  渕上雅彦、山本好文作成の各上申書

判示被告人らの経歴等及び第二の二の事実につき

一  被告人隣の当公判廷における供述

一  第三回公判調書中の同被告人の供述部分

一  被告人岡(六月一八日付、同月一九日付、同月二一日付)及び同隣(六月二日付、同月五日付(二通、但し、四枚綴りのものは被告人隣に対する関係において)、同月一三日付、同月二二日付、同月二三日付、同月二四日付、同月二九日付、同月三〇日付(被告人隣に対する関係において)、七月二日付(二通)、同月三日付)の各供述調書

一  河野利夫(六月二一日付)、高見憲一(二通)、森山信太郎(二通、但し、六月八日付については被告人隣に対する関係において)、小胎彰、渡部義年、塚田和男、前田広、山本好文、志水通克、隣美江、杉崎武(但し、被告人隣に対する関係において)、岩城功希(同上)、若狭敬告(同上)、根本清(同上)、河野富美江(六月三日付)の各供述調書

一  木下文男作成の上申書

一  検察官作 の六月八日付、同月一一日付各捜査関係事項照会書騰本(いずれも被告人隣に対する関係において)

一  株式会社西武百貨店財務経理部長、同百貨店池袋店防犯課長、株式会社三和銀行上石神井支店長、株式会社協和銀行狭山支店長、株式会社三菱銀行所沢支店長作成の「捜査関係事項照会について(回答)」と題する各書面及び株式会社西武百貨店池袋店防犯課長作成の「捜査関係事項照会について(回答)(追加分)」と題する書面(いずれも被告人隣に対する関係において)

一  検察官作成の五月三日付、六月三日付各捜査報告書

一  検察官他一名作成の捜査報告書

一  検察事務官作成の六月八日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二一日付(以上は被告人隣に対する関係において)、七月一〇日付捜査報告書

一  押収してある調書受付簿五冊(前同号の10)、職員台帳一枚(同号の12)、請書二二部(同号の18、19)、注文書二二通(同号の20)、手帳四冊(同号の21、22)、伝票三綴(同号の23、24)、環八幹線その二工事の原議綴り一綴り(同号の25)

(判示第二の詐欺の各事実認定についての証拠説明)

被告人河野、同岡、同隣及びその各弁護人らは、判示第二の詐欺の各事実につき、いずれも判示のような方法により判示の各金員を作出したという外形的事実はほぼ認めながら(但し、被告人隣の供述につき後述のとおり)、これらはいずれも被告人らがほしいままに利得して費消するために作ったものではなく、フジタ工業東京支店の簿外資金作りの一環として調達したものであるから、たとえその後においてその一部を被告人らがほしいままに利得して費消した事実があるとしても、詐欺罪には該当しない旨、また被告人河野は、本件はフジタ工業東京支店の被告人岡、同隣及び朝香駿児、片山正喜らから同支店の簿外資金作りのための協力要請を求められたものと思ってそのつもりで協力したにすぎないので詐欺の犯意はない旨主張し、さらに、被告人らはいずれも捜査段階において本件の関係各事実につき、個人的用途に充てる資金を捻出するためフジタ工業から各金員を騙し取ったものである旨自白しているが、これは本件各資金が簿外資金であることを隠すためことさら虚偽の自白をしたものであって信用性を欠くものである旨主張し、本件各詐欺の成立を争うもので、以下この点につき判断する。

ところで、本件各詐欺については被告人らを含め関係共犯者すべての自白調書が存し、これら共犯者すべて起訴されているところ、起訴後においても、判示第二の一の共犯者朝香駿児、第二の三の共犯者片山正喜は一貫して右事実を認め、被告人らと分離のうえ有罪判決を受け、他方、被告人河野は主にその認識の点を中心に一貫して否認を続けているのに対し、被告人岡、同隣は、当公判廷において、当初本件詐欺の事実を認めながら、その後フジタ工業を懲戒解雇されるに及び認否を改め、前記のように否認に転じたものであり、本件の審理上このようにやや特異な経過がみられるだけでなく、簿外資金であるか個人的利得を図った犯罪であるかは、資金の作出方法自体は全く同じで区別がつけにくく、また個人的利得を図った犯罪にしては被告人らの地位に比してその利得額が巨額であって、被告人らにこのような金を必要とした事情があったかという疑問も存するので、これらの諸点に十分留意しつつ、以下慎重に検討することとする(なお、被告人河野と被告人岡及び同隣とはその公判手続が異なるため、それぞれ相互の公判において証人として供述しているところ、その供述内容は自己の公判におけるそれとほぼ一致するので、以下においては、被告人らの供述については証人としてのそれを含め、被告人何某の供述として引用する。また、被告人ら以外の者で、一方の公判手続においては証人として、他方の公判手続においては公判調書中証人の供述部分として取調べたものについては、証人何某の供述として引用する。)。

一  フジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の存在等と河野商事の関与等について

前掲証拠によれば、フジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の調達、保管、使途等の状況は以下のとおりであることが認められる。

(1)  フジタ工業東京支店においては、かねてから工事受注等の営業活動資金として通常の経費のほかに計算書類に計上しない資金(以下「簿以資金」という。)が存在していたところ、同支店土木部門においては、右簿外資金は下請業者との間で架空の工事契約を締結しあるいは下請業者から工事代金の水増請求をさせるなどして一旦下請業者に正規の工事代金以外の金銭を支払って後にその一部を返戻させるなどの方法により作出し、その際遅くとも昭和五一年以降は作出する簿外資金の二、三割程度が税金対策費等として手数料名目で協力下請業者に支払われていた。

(2)  右土木部門における簿外資金は、土木担当副支店長が責任者としてその調達を統括していたもので、昭和四六年から同五一年一一月末日まで土木担当副支店長であった柴田進は必要の都度各工事部長らに指示してこれを調達していたが、同五一年一二月一日から土木担当副支店長となった伊藤晴芳は、同五二年から年初に簿外資金の年間調達予定額を決めてこれを部下の各工事部長ないし工事部長代理に数千万円ずつ割付ける方法(以下「年間割付制」という。)により組織的かつ計画的に調達するようになった。

右簿外資金は同支店の管理担当副支店長の部下である総務部長大西進が保管し、同支店長ないし管理担当副支店長の許可のもとに工事受注活動等のため政財界や業界に対する対策など経理上公表するに適当でないと思われるものに支出されていたが、伊藤副支店長らはこれとは別に簿外資金の一部を部内の慶弔費や社内行事の費用等にあてることがあり、また、同副支店長は、右簿外資金作りに関与するようになってから土木部門における簿外資金は作出者をして原則として部下の工事部長代理福本哲也宛に届けさせ、同人を通じて右大西に届けていたほかこれとは別に伊藤自身が会社のため自由裁量で右資金を支出できるよう右大西の暗黙の了解のもとに福本にもその保管を命じていた。

なお、右年間割付制においては、伊藤副支店長は工事部長ないし工事部長代理に割付額を指示するだけで資金作りの時期、方法、一回の作出金額、協力下請業者に対する手数量額の決定は右工事部長ないし工事部長代理にほぼ一任し、その詳細を十分把握しておらず、このことから右工事部長等が簿外資金作りの方法を利用して自己の才覚を働かす余地もあった。

(3)  フジタ工業東京支店が工事を受注した後下請業者に工事を請負わせるにあたっての契約手続は、当該工事担当の作業所長が中心となり工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成し、工事部長の決裁を経て同支店調達部調達課にこれを送付し、同課において支店長名義で請負契約を締結することとなっており、また支払手続は、下請業者の申請に基づき当該作業所長が工事の出来高を査定し、請求書兼支払票を作成したうえ工事部長の決裁を受け、工事部工務課を経て同支店総務部経理課に提出し、同経理課長の決裁を経て支払がなされることとなっており、簿外資金作出の場合も同様の手続を踏んでいたが、右調達部調達課、工務部工務課、総務部経理課においては、同支店における厖大な数の契約締結、支払の諸手続を扱うためその審査はおおむね形式的な点にとどまり、実質的審査は工事部長、作業所長に委ねられた形となっていたため、これらの課においては簿外資金の存在は知っていても、具体的な決裁書類のうち、どれがそれに当るかの区別はできない実情にあった。

(4)  被告人河野は、河野商事の設立前からフジタ工業の専属下請として主に機械掘削、残土処分等の仕事をしていたほかかねてからその要請を受け同支商土木部門における簿外資金作りに協力していたが、本件以前に作出した簿外資金の最高額は一〇〇〇万円程度のものであった。

(5)  他方、同秘告人は、かねてからフジタ工業の工事部長や作事所長らに対し経済的援助の趣旨とともに河野商事に対する好意的取り計らいを期待し、三〇ないし五〇万円前後のまとまった金員を供与していたところ、昭和四四年ころからフジタ工業の将来を背負って立つ人物として高く評価していた被告人岡に対しても右の趣旨で時折五〇万円前後の金員を供与するなどして懇意となり、同五〇年ころからは同被告人から河野商事の工事単価を高くみて貰うなどして援助、面倒見を受けるようになり、それまでとは比較にならない程利益が挙がるようになり、同五一年三月ころからは、工事第一部長代理として工事現場の作業所を離れ、東京支店本部に常駐するようになった同被告人に定期的に毎月五〇万円を供与してその結びつきを深めていた。

以上のとおり認められる。

二  表参道作業所関係-被告人河野、同岡

そこで、まず判示第二の一の事実について検討する。

1  被告人らが表参道作業所において約三〇〇〇万円の金を作った前後の状況が以下のようなものであったことは、各被告人及びその弁護人においてほぼ争わず、前掲証拠上も明らかに認められるところである。

(1) フジタ工業東京支店が表参道作業所で施工した「営団地下鉄一一号線表参道四A工区工事」は昭和四八年八月六日帝都高速度交通営団から請負い、その後数次の設計変更を経て同五三年一二月二〇日竣工したものであるが、右工事は表参道地下鉄駅部の構築工事というフジタ工業東京支店にとって経験したことのない工事であったうえ、右工事は在来線駅部を使用しつつこれと合した新たな駅を構築するものであり、工事現場も都内港区青山の商店街にあって交通量や埋設物等が多く技術的に難しい点があるばかりでなく、付近住民に対する補償問題を生じ易い難工事であったが、同支店としては同工事については採算面よりもこの分野における実績作りに力点を置いて請負ったものであった。

(2) フジタ工業東京支店において、右工事は工事第一部に属し、被告人岡は昭和四八年八月から表参道作業所長として、同五〇年一二月一日からは前記のとおり右現場を離れ工事第一部長代理として、さらに同五一年一二月一日からは工事第一部長として、朝香駿児は、同四八年八月から同作業副所長として、同五〇年一二月一日からは被告人岡の後任作業所長として、それぞれ右工事に関与し、河野商事も下請業者として当初から右工事に携わっていた。

(3) 被告人河野は、かねてから会社幹部たる者は心の余裕を持つため経済的余裕が必要であるとの持論を有し、他の大手土木建築会社の社員に比しフジタ工業の社員はサラリーマン的でスケールが小さく、そのようなことではこの世界では大成できない、大成するには自分の自由になる金を持つ必要があるとの考えを有し、このことを被告人岡や朝香に再三話していた。

(4) 朝香は、昭和五一年の四月ころから七月ころにかけ被告人河野から前記のような経済的援助の趣旨で合計三二〇万円の金員の供与を受け、これを部下職員の慰労その他現場経費にあてていたが、表参道作業所長になって以後会社の経理上認められている作業所の経費や交際費の不足を感じ、同五一年夏ころ被告人河野にその旨洩らしたところ、同被告人は、そのころこれを被告人岡に伝えるとともに難工事である表参道工事の遂行に必要な資金作りには協力する意向を伝えた。

(5) 同年八月ころ、表参道作業所近くの喫茶店に被告人両名及び朝香が集まり話合った結果、同工事現場で資金を作る話がまとまり、被告人岡がその金額を三〇〇〇万円と決め、またその際、関係書類作成等の諸手続は朝香が被告人河野と相談しながら行なうこと、九、一〇、一一月順次一〇〇〇万円ずつを査定にかけることも取り決めた。

なお、被告人河野は右資金作りに協力的であり、通常支払われる手数料はいらない旨申し出ていた(もっとも、被告人河野はこれを否定し、手数料分は当然支払われるべきものと思っていた旨供述しているが、被告人岡及び証人朝香は捜査、公判を通じて右のとおり供述しているうえ、被告人岡及び朝香は被告人河野からの返戻分として三〇〇〇万円を予定し、他に手数料の計算や書類作成を一切していなかったことが明らかであることからみて、被告人河野の右供述は信用できない。)。

(6) 朝香は、これに基づき判示第二の一のとおり手続を経てフジタ工業から河野商事に合計三〇六四万九〇〇〇円の支払をさせたが、朝香は、右諸手続の都度被告人岡にその旨報告していた。

なお、右資金作りについては、当時の土木担当副支店長柴田進の指示も許可もなく、工事部長代理たる被告人岡の判断限りでなされたものであった。

(7) 被告人河野は、右契約に基づく支払に先立ち立替払で同年九月一八日ころ、一〇月二七日ころの二回にわたり各一〇〇〇万円ずつを、同作業所近くに停めた自己の車の中で被告人岡及び朝香に返戻したが、二度目の交付後に至り河野商事の税金分として二割の六〇〇万円を要求し、被告人岡もこれを了承し、同年一一月二六日ころ、残りの四〇〇万円が前同様の方法で同被告人らに返戻された。

(8) 被告人岡及び朝香は、右三回にわたって返戻を受けた都度その二分の一ずつを各自の自宅に持ち返って保管し(従って、一人の保管金額は一二〇〇万円)、朝香はこのうち韓国への私事旅行に約三〇万円費消し、株式売買に五七〇万円余を流用したほか、その後株式に投資した分を回収するなどしたものをも含め残余金の殆どを同作業所の部下職員の飲食遊興費等の慰労費に費消し、他方、被告人岡はその一二〇〇万円をかつおぶしの空缶などに入れて自宅押入れに保管し、適宜費消したが、少なくとも右保管金の中から表参道工事の関係費用として支出されたものはなかった。

以上のとおり認められる。

2  ところで、本件資金作りにおいては、本件証拠上被告人岡や朝香が専ら私的に使う金員のみを意図したものではなくまたその必要性も認められないのであって、その当否はともかく究極的には同被告人らが主に社内で自由に使う資金として意図したものであることが窺われるのであるが、いずれにせよ、右資金の調達、保管、使用は被告人岡らの独自の判断でなされたものであり、柴田副支店長ら当時の支店幹部の許可を得たものではないことも右に認定したとおりである。

しかるところ、本件について、被告人岡は、以下のとおり弁解する。すなわち、

(1) 表参道工事は難工事であったうえ工期が地下鉄の開通がらみであったため実績作りを目指すフジタ工業にとって工期内に完成することは是非とも必要であり、工事の円滑推進を図るためには沿道住民との補償問題その他諸々の予想される負担に備え主に地元対策費として三〇〇〇万円位の資金を用意しておかなければ不安であったため、同被告人の方から河野商事に協力を求めて本件資金を作ったもので、原実にも右資金は会社のために支出されている。

(2) 二四〇〇万円は朝香と折半して保管し、同人には工期の厳守とそのために必要と思う地元対策費としてこれを使うよう指示し、具体的な使途については同人に任せた。また、自分が保管している分については朝香の方で足りない時は、いってくるように話しておいた。しかし、同人から不足だといわれたことはなく、自分の保管分はその後伊藤副支店長に指示された同五二月一月から定期的に毎月一〇〇万円づつ届けることに使用した。

(3) 同五一年一二月一日付でフジタ工業東京支店の土木部門の副支店長が柴田から伊藤に代ったが、その前ころ柴田に本件資金作りを事後的ではあるが報告したところ、「それは一寸大きいな」と叱られた程度で他に何も言われなかったので了解を得たものと思っていた、また、自分が保管していた一二〇〇万円についてはその後後任の副支店長である伊藤に、柴田時代に作った簿外資金の残り一〇〇〇万円以上を保管しているといういい方で報告した。

また、被告人河野は以下のとおり弁解する。すなわち、

(1) 右資金作りの話を持ち出したのは被告人岡で、自分はあれだけの工事をするためにはいろいろの簿外の経費が必要であろうと思い下請として協力することにした。

(2) 当時簿外資金を作る場合協力業者に二、三割の手数料が支払われたが、本件資金はそういう話をする余裕のない程切羽詰った感じで作ったので手数料の話は出なかった。自分の方から手数料はいらないと言ったことはない。フジタ工業に返戻する残りが一〇〇〇万円になった時に被告人岡からあと四〇〇万円持ってくればいいと言われたので、結局六〇〇万円が手数料となったものである。

(3) 右資金は三回に分け被告人岡に返戻したもので朝香に直接渡したことはないし、二人の分を分けて渡したこともない。これはもとよりフジタ工業に対し渡しているつもりであった。

被告人岡及び同河野は以上のとおり弁解するのである。

しかしながら、被告人両名の右弁解は、前掲証拠によって認められる次のような諸点に照らして信用できない。すなわち、

(1) フジタ工業東京支店における簿外資金の調達、保管、支出等は、それが簿外資金であることの性質上正規の取り決めはなかったが、慣行上副支店長以上の同支店最高幹部が掌握していたのであって、一工事部長まして一作業所長が同支店幹部に秘したまま、独自の判断でこれを調達、保管するばかりか、ほしいままに使用することは許されておらず、このことは、各部長、作業所長らが会社のために使用する名目であっても、ほしいままに簿外資金を作り始めれば、全体として収拾のつかない混乱をきたすことになることからいっても、被告人らにおいて当然認識していたものと認められ、現に被告人岡作成にかかる出入金一覧表によっても本件起訴分以前に同被告人が調達した資金は、前記の趣旨で被告人河野から毎月供与を受けていた五〇万円を除き、すべて通常の簿外資金作出のルートで前記福本哲也に届けられているものと認めるのが相当であること(もっとも、同支店においては、支店幹部の指示により作出する簿外資金とは別に、工事部長ないし作業所長が、経理上認められるものとは別個に、その才覚において、当該工事等に必要な現場経費等を簿外資金作出と同様の方法で調達していたことも窺われるが、右の意味での資金は二〇ないし三〇万円程度のもので、これと比較して本件資金が余りに多額であるばかりでなく、河野商事が本件以前に関与した簿外資金の最高額が一〇〇〇万円程度であったことと対比しても甚だ多額であり、表参道の工事がいかに難工事であったとはいえ、一作業所の現場対策費としてこのような多額の資金を調達、使用することは不自然であり、その前例もないのであって、このような作業現場限りの少額の資金作りが黙認されていたかどうかは暫く措き、巨額の簿外資金の調達、保管、使用が支店幹部の権限とされていたことに変りはないのである。)、

(2) 本件資金に関しては、被告人河野から同岡、朝香に対し三回にわたって返戻がなされたが、その返戻の場所は被告人河野の車の中であり、かつ被告人岡及び朝香は、いずれも右返戻金額のうちその二分の一ずつをその都度その場から自宅に持ち帰っているところ、フジタ工業として当然容認される現場対策費の調達方法としてはあまりに隠密裏に事を運び、かつ均等分した額ずつ持ち帰っている点で不自然であり、ことに、現場対策費として作ったものであれば、当時作業現場を離れていた被告人岡がこれを保管すべき理由も必要も見出し難いこと、

(3) 被告人河野は、前記のとおり、当初河野商事の手数料分はいらない旨述べながら、後に手数料分として二割相当の六〇〇万円を必要とする旨要求しているのであるが、フジタ工業として容認される簿外資金であれば、その使途の如何にかかわらず当然に当初から二割前後の手数料が考慮され、これを含めて作出する簿外資金額が決定されるべきものであるところ、本件における被告人河野の右のような言動はその点で合理的な説明がつかないこと、

(4) 表参道工事における付近住民との補償問題については既に三〇〇〇万円の補償予定金を積立てることにより当面の解決をみているのであって、さらに当時三〇〇〇ないし二四〇〇万円もの現場対策費を必要としたさし迫った事情は見出せず、かえって前記のとおり、朝香はその保管金の殆どを表参道作業所職員等の新宿や六本木等のバーやキャバレーにおける飲食遊興費等に費消し、被告人岡もその保管金を表参道の現場対策費等に使用していないことが明らかであること、

(5) また、朝香は、昭和五二年四、五月ころ、被告人岡を通じ、同河野から本件資金作りその他の精算関係につき疑念を持たれ、被告人岡の指示で同五一年九月から同五二年四月までの間の表参道工事における河野商事関係の実工事、簿外資金、本件資金等の明細についての表(被告人河野関係につき押収してあるメモ一通(写)(昭和五四年押第二〇三六号の7)、同岡の関係につき朝香の昭和五四年七月一二日付供述調書(添付書類とも六五枚綴りのもの)添付の無題の表一枚)を作成し、これを被告人河野に示して説明し、その後同被告人はそれ以上朝香に対して疑念を表した形跡はないところ、右の表の「内訳その3」の欄には本件資金は簿外資金とは明確に区別して書かれており、このことは本件資金に対する当時の被告人らの認識内容を如実に物語るものと認めらるること、

(6) 被告人河野は長年簿外資金や現場経費の資金作りに関与しており、本件資金作りが従前のそれに比し、その作出過程、金額の点で著しく性格を異にするものであることを十分認識しうる立場にあったこと

などからみても、同被告人らの前記弁解は到底信用できず、右の諸点はむしろ本件資金が簿外資金とは異なり、被告人岡及び朝香において、自己の仕事のために使うなり、個人的用途に使うなり自由な、全く拘束を受けない性質のものとして作られたことを強く疑わしめるものである。

3  ひるがえって、本件の共犯者朝香は、捜査段階における被疑者及び公判における証人としての各供述において、本件資金作りは従前自分がその調達に関与したことのある簿外資金とは異なり、被告人河野から土建業界で一人前となるため部下職員、会社のため自由に使える資金作りの必要を説かれ、同被告人が被告人岡にも根回しをしてくれたのでその気となり、最終的には被告人岡の決断で実行することとなり、被告人河野の意見もあって、右資金は被告人岡と朝香で折半することになった、自分が保管した本件一二〇〇万円は自己の自由裁量で使える金として貰ったもので、使途につき被告人岡から格別の指示は受けていない、また、被告人河野から三回にわたり資金の返戻を受ける際、いずれも同被告人は返戻金を予め折半して渡してくれた、特に第一回目の時は、「分けておかないとあなたの取り分がいくらになるか分からないから分けておきました。」と告げられた旨供述しているところ、同人は既にフジタ工業を離れており、被告人らを罪に陥れるためことさら事実を曲げて供述する理由も必要もないと思われるうえ、その供述内容が捜査段階から一貫しているだけでなく、極めて具体的かつ詳細で、しかも前記の証拠上明白に認められる諸点によく符合して矛盾がないのであって、十分信用できると考えられる。

また、被告人岡の、柴田、伊藤両副支店長に対して本件資金作りや保管の報告をしたという弁解についても、同人らは、証人としていずれもこれを否定する旨の供述をしているところ、フジタ工業東京支店における簿外資金の概要が相当程度明らかとなった当公判廷において、同人らも被告人らを罪に陥れるためことさら事実を曲げて供述する理由も必要もないと思われ、ことに伊藤は昭和五二年六月ころから毎月同被告人から受け取っていた一〇〇万円が同人の指示に基づくものであることやこれが簿外資金として使われたものであるとしてその使途を明らかにするなど全体として率直に供述していることが認められるのであって、同人らのこの点の供述もまた十分信用に値するものである。

4  そして、被告人両名は、捜査段階においては、本件三〇〇〇万円の資金作りは、それまでのフジタ工業の簿外資金とは異なり、被告人岡及び朝香が個人的に自由に使える金を持つため、被告人河野が言い出し、被告人岡が最終的に決断してこれを作ることを計画し、判示のとおり実行したものである旨供述し、詐欺の事実を自白しているところ、右被告人らの自白が外形的情況ないし捜査の経過等から総じて信用できることはのちに詳細検討するとおり(後記三の4参照)であり、また、本件に関する自白内容は、被告人岡が受領した一二〇〇万円の使途につき若干疑問を感ずる部分もあるが、表参道工事において朝香を加え本件資金作りに至った経緯及び動機、特に支店に常駐することとなって現場を離れた被告人岡が朝香のためそしてまた自分自身のためにも社内的に自由に使える資金を必要とした理由及び心理状況、三名の協議及び被告人河野から同岡及び朝香に資金が返戻される状況、特に当初河野商事としては手数料が不要であるとしていた被告人河野が後に二割、六〇〇万円の手数料を要求するに至った経緯、これに対する被告人岡及び朝香の対応、犯行後被告人河野が本件資金作り等に関し朝香に説明を求めた状況等についてその事実がなければ到底語りえないと思われる事情が被告人河野及び同岡のそれぞれの立場から詳細かつ具体的に供述されていて虚偽の自白をしたものとは考えられない真実味が認められ、かつこれらの供述内容が相互においてほぼ合致し、前掲証拠から認められる前認定の客観的事実等にも符合するのみならず、本件関係者柴田、伊藤らの供述内容、特に捜査、公判を通じ詐欺の自白を維持する共犯者朝香の供述と符合し、大きな矛盾はないこと等からみて、十分信用できるものといわなければならない。

5  以上説示のとおり、本件資金作りについては、その外形的事実に疑いがなく、前記のとおり、その調達、保管、使途につきフジタ工業東京支店における従来の簿外資金のそれと著しく異なり、これが被告人らの個人的犯罪として行なわれた疑いが濃厚な多くの諸事実が認められるところ、その旨の被告人両名の自白及び共犯者朝香の供述が十分信用できることが認められるのであって、以上によれば、判示第二の一の行為が詐欺罪に問擬されるべきものであることは明らかであるというべきである。

なお、朝香は、本件犯行により領得した金員のうち一部を私的目的に費消しただけで、残余は、もとより正規には認められないとはいえ、部下職員の慰労に使用するなど心情的にはフジタ工業のために支出したといい易い目的に費消しており、また被告人岡においても、同様の用途に支出していることが窺えないわけではないが、同被告人らがこのように多額の金を全く私的用途にのみ費消する目的で本件犯行に及んだものではなく、前記のとおり、自己の仕事のために使うなり、個人的用途に使うなり自由な、全の拘束を受けない金として作ったものとするならば、右の具体的使途の点は、情状面において考慮されるべきは格別、詐欺罪の成否を左右するものではないというべきである。

被告人両名及び弁護人の主張は理由がない。

三  環八作業所関係-被告人河野、同岡、同隣

次に判示二の二の事実につき検討する。

1  被告人らが環八作業所において約二億五〇〇〇万円の金を作った前後の状況が以下のようなものであったことは、右被告人ら及び弁護人においてほぼ争わず、かつ前掲証拠上も明らかに認められるところである。

(1) フジタ工業東京支店が昭和五〇年一二月東京都下水道局から受注した「環八幹線その二工事」は、工事第一部で施工することとされ、そのため環八作業所が設けられた。被告人岡は当初工事第一部長代理として、同五一年一二月一日から工事第一部長として、同隣は同五〇年六月から同支店の現場代理人兼環八作業所長として右工事にそれぞれ携わり、河野商事も下請業者として右工事に加わっていた。

(2) 環八幹線その二工事においては、工事着手後その工事現場が予想外に湧水が多く危険で工事も進捗しなかったため、地盤固めの薬液注入の必要が生じ、被告人岡、同隣が中心となり当局と設計変更の交渉を重ねた結果同五二年七月ころには多額の設計変更が認められる見通しとなったうえ、薬液注入単価が当局見積のそれより相当安くできることなどにより三億円程度の大幅な利益計上が可能となった。

(3) このようなこともあり、そのころ被告人ら三名の間で話合が重ねられ、最終的には被告人岡の決断により右工事に関し河野商事との間で資金作りをすること、その金額は一億円としこれに河野商事の手数料として一億円を加えた合計二億円を作出することを取決め、さらにその調達方法は簿外資金作りと同様河野商事との間で合計契約金二億円の架空契約を締結し、当該工事を完工したように装って右金員を支払わせ、うち一億円を返戻させることとし、被告人隣がその具体的な契約締結、査定、支払等の手続をすすめたうえ同年八月から査定にかけて支払手続を行なわしめ、河野商事はこれに対し、九月から翌五三年一月まで毎月三〇〇〇万円、三〇〇〇万円、一五〇〇万円、一五〇〇万円、一〇〇〇万円と五回に分けて合計一億円を被告人岡らに返戻することが取り決められた。

(4) これに基づき被告人隣は、フジタ工業と河野商事との間に判示のとおりの手続を経て少なくとも別紙二の四本の契約を締結せしめるなどしたうえ、判示のとおり査定、支払手続等を行なわせ、同年九月一六日ころから同五三年一日一七日ころまでの間に、河野商事に対し合計二億五二〇四万八五〇〇円が支払われた。

なお、本件作出金額が当初予定の二億円から右のとおり二億五〇〇〇万円に増加したのは、第一回査定後の同五二年八月下旬ころ、被告人河野から同隣を介して同岡に対し増額要求があり、被告人岡らがこれを容れて五〇〇〇万円追加増額したことによるものであった(もっとも、被告人河野は、被告人隣に一億の金となるとあとの税金が大変だという話をしたことがあるが、被告人河野の方から河野商事側の分につき増額要求をしたことはなく、この時どうして河野商事の取り分が五〇〇〇万円増加となったのかその理由はよく分からない旨供述しているが、右供述は五〇〇〇万円もの巨額の金員が増えたのにかかわらずその経緯がはっきりしないということ自体およそ考えられないことであって不自然であるうえ、被告人岡及び同隣は本件の捜査、公判を通じ、その趣旨はともかくとして、これが被告人河野の要求に基づくものであったと供述する点において一貫しているのであって、詐欺であることを争っている現段階において同被告人らがこのような点について虚偽の供述をする必要性も見出し難いことからみて、被告人河野の右供述は信用できない。))

(5) このようにして順次河野商事に架空工事代金が支払われる一方、被告人河野は、同五二年九月二六日京王ブラザホテルの客室若しくは同ホテル駐車場に停めた同被告人の車の中で三〇〇〇万円、一〇月二六日に同ホテル駐車場に停めた同被告人の車の中で三〇〇〇万円、一一月二六日同様にして一五〇〇万円、一二月二二日中野のレストランの駐車場に停めた同被告人の車の中で一五〇〇万円、同五三年一月二四日新宿のロッテの駐車場に停めた同被告人の車の中で一〇〇〇万円をそれぞれ被告人岡らに交付したが、これらの場合、被告人隣は同岡の指示、連絡により同被告人とともにその都度その場に赴き、受取る金額の半分ずつを(但し、一一月二六日、一二月二二日の各一五〇〇万円については、被告人岡は前者が八〇〇万円で後者が七〇〇万円、同隣はその残余)その場から自宅にそれぞれ持ち帰り、被告人岡はこれをかつをぶしの空缶などに入れて押入れに保管し、同隣は、第一回目に受領した一五〇〇万円中七〇〇万円を部下の森山に一時預けたほかは金庫を購入して自宅で保管し、さらにその後自宅付近等の銀行に貸金庫を借りたり新たに預貯金の口座を設けるなどして保管していた。

なお、被告人隣は、本件以前において、自己の才覚で作った少額のものを除き、簿外資金を保管したことはなかった。

(6) 右の金につき、被告人隣は、独自の判断で、少なくとも個人的な用途に六〇〇万円前後、同被告人が作業所長をしている環八作業所等の部下の慰労費その他現場経費に二〇〇〇万円前後の金員を費消し、逮捕時には残金一〇〇五万円を所持していたものであり、同岡は以前から被告人河野から毎月供与を受けていた五〇万円や前記表参道関係の一二〇〇万円の金員などと混同してしまったためその費消先は必ずしも明らかではないが、伊藤副支店長に相当額を交付したほか、個人的な用途に数百万円を使い、部下職員に対する慰労等の諸経費に充てた金額も数百万円を下ることはなく、また、フジタ工業を退職した朝香駿児に対し独断で五〇〇万円の慰労金を渡したり、表参道工事に関し工事現場付近の有限会社志水企画取締役の志水通克に営業補償問題解決のため独断で六〇〇万円を交付するなどし、逮捕時には四二八六円の現金を所持していた。

以上のとおり認められる。

2  (被告人岡、同隣関係のみについての判断)

なお、本件において架空契約等の諸手続をした被告人隣は、捜査段階において本件約二億五〇〇〇万円調達のため締結、利用した架空契約は判示第二の二の別紙二の四本である旨供述し、公判途中否認に転じた後においてもこの点は間違いがない旨供述し外形的事実自体は争っていなかったところ、本件審理の終局に近づいた第二二、第二三回公判に至って右別紙二の番号4には河野商事の環八幹線関係工事の残土仮置のための実工事分二〇〇〇万円が含まれており、本件約二億五〇〇〇万円作出にあたり利用した架空契約は右四本の他にも二本(昭和五二年九月二四日契約・契約金額一〇五九万円、同年一二月一日契約・契約金額六二六万円)あった旨突如供述するに至り、かつ、捜査段階でも一応このことは申し述べたが、取調に当った五十嵐検事が本件二億五〇〇〇万円関係の契約を右別紙の四本に整理してこれだろうといってきたので架空工事を少しでも減らそうと思ったこともあって強く反論せず、これを肯認したものである、本件審理の途中で、部下の岩城がかつて捜査に対応するため作成した一覧表の写し(第二三四公判調書中被告人隣の供述部分に添付したもの)を見て記憶が明確に喚起されたので事実を述べることにしたのである旨弁解し、外形的事実自体についても争うので、まずこの点につき検討するに、右供述は同被告人の前記のような供述の経過自体からみても不自然であるばかりでなく、捜査段階において五十嵐検事に対して前記別紙二の番号4には実工事分二〇〇〇万円が含まれていると説明したけれども工事内容は事実と異なって説明したという理解に苦しむ部分もあるうえ、証人五十嵐紀男の供述及び被告人隣の検察官に対する昭和五四年七月二日付(一四枚綴りのもの)、同月三日付各供述調書によれば、同被告人は、捜査段階において前記岩城作成の一覧表の原本(昭和五四年押第一五三四号の二二にかかる手帳一冊にはさまっているもの)を目にしていながら、前記残土仮置のための実工事分二〇〇〇万円があることについては何ら供述しておらず、かえって、右残土仮置に関する費用は、地代等を除き河野商事においてフジタ工業に対して請求し得る筋合のものでないと供述していることが明らかである。また、同被告人の本件第二二回公判以降の供述において架空契約の本数が六本であると訂正する根拠も契約の時期からみてという以外にはないうえ、同被告人において新たに追加した二本は他の四本に比べ契約金額が極端に少なく、かつうち金額六二六万円の分の契約時期は昭和五二年一二月一日で、これと統一的意図の下になしたとする他のものとはかなり隔つているなどの不自然な点も存するのである。ひるがえって、前掲証人五十嵐紀男の供述によれば、同被告人の取調に当つた五十嵐検事が、本件約二億五〇〇〇万円の作出に利用された架空工事を別紙二のとおり特定するに至った経過は次のとおりであったこと、すなわち、当初在宅で取調を受けた同被告人は当時から架空契約の存在を認め、同検事から注文書や請書等契約関係資料を示されて架空契約の特定を求められたところ、別紙二の番号1、3、4の三本の契約により二億一〇〇〇万円を作出し個人的に利得した旨供述し、さらに逮捕後環八関係工事に関し河野商事との間で締結した契約全部を洗い出し、順次検討した結果数日後同別紙番地2の契約についても本件資金作りの用に供したものである旨供述するに至ったものであることが認められるのである。以上の諸点に照らすと、本件約二億五〇〇〇万円作出のため利用された契約は同別紙の四本であると認めるのが相当である。

3  ところで、被告人らはいずれも本件は簿外資金として作出したものである旨主張し、大要以下のとおり弁解する。すなわち、被告人岡は、

(1) 昭和五一年一二月一日付で副支店長となった伊藤は、同五二年から従来の簿外資金作りの方法を改め、前記のとおり年間割付制をとり、自分も同年度は六〇〇〇万円の割付を受けていたところ、自分は工事第一部長として筆頭部長の地位にあり、福本工事部長代理とともに伊藤の右簿外資金の年間割付制の企画立案に参画していたが、その際伊藤から各工事部長に割付けた簿外資金の集りが悪い時はよろしく頼む旨言われていたうえ、同副支店長に同年一月から毎月一〇〇万円ずつ届けるよう言われていたため、環八幹線工事で多額の利益が見込まれたことから、同年度における不足額を補充するためや次年度、次々年度の割付にも備えるつもりで自分の方から被告人河野に持ちかけて協力を要請し本件資金作りに及んだものであり、昭和五二年夏ころには伊藤にも河野商事を使って簿外資金を作ることをそれとなく伝えてあるし、また、河野商事から資金の返戻を受け始めた同年九月ころにも伊藤に対して河野からきた簿外資金が自分のところにある旨告げてある。

(2) 被告人河野から返戻された一億円を本来の保管責任者の福本にすぐに渡さなかったのは同人は他に多くの簿外資金を保管していて大変だと思ったから自分が保管してやったまでであり、前期年間割付制の企画立案の際自分が簿外資金を保管することがあることも了解ずみであって、現に、伊藤や福本は具体的金額はともかく自分が本件の資金を保管していることを知っていた。

(3) また、被告人河野から五回にわたり合計一億円の返戻を受けた際被告人隣を同席させたが、右金員を受取ったのは自分であり、その場でその都度等分して同被告人にこれを保管させたものであって、これは山分けではなく、保管の危険を分散する意味でなしたものにすぎない。従って自分の指示、命令なくして被告人隣が勝手にこれに手をつけることは許されない性質の金である。その後被告人隣に指示してその保管金から合計一七〇〇万円を届けさせてこれを福本に交付しているが、これは本件が簿外資金であった証左である。

(4) さらに、当初作出予定の二億円が後に五〇〇〇万円増額したのは、被告人河野から、その要求により環八幹線その二工事において、のちに精算するとの約束のもとにとりあえず施工させた工事分二〇〇〇万円のほか、河野商事が時任者時代になしたまま未精算となっている簿外資金や各種工事の費用等五五〇〇万円余につき、被告人河野からこれを支払うよううるさくいわれたので、自分が同被告人と交渉して三〇〇〇万円で清算して結着をつけることを納得させたうえ、その合計五〇〇〇万円を上乗せしただけであって、これは何ら後めいたものではない。

旨弁解し、被告人隣も、本件は被告人岡から簿外資金作りを命じられたのが真相であるとして右(3)、(4)と同様の弁解をするほか、自分が保管していた五〇〇〇万円のうち一部を流用したのは本来許されないのであるが、作業所長の責任で簿外で現場経費等を作ることが慣行的に黙認されていたのでそれと同じつもりで使ったもので、当時七、八カ所の作業所長をしていたので使った分はこれらの現場で適宜同様の方法で資金を作り補填してしてゆくつもりであった旨弁解し、被告人河野は、

(1) 被告人岡から環八でも簿外資金を作るので協力するよう言われて協力したつもりであり、もとより簿外資金と信じて疑わなかった。

(2) これに協力するに当って自分としては税金のことよりも、その使途は知らないが、使い方によつては汚職になることの方を心配した。

(3) 当初予定の作出金額二億円につき、後に五〇〇〇万円追加され河野商事に支払われた理由はいまだ分らない。

旨弁解するのである。

確かに、本件犯行当時工事第一部長をしていた被告人岡はともかくとしても、環八作業所のほか数か所の作業所長をしていたとはいえ一作業所長に過ぎない被告人隣には五〇〇〇万円もの大金を必要とする差し迫った事情は窺えないこと、被告人隣保管の五〇〇〇万円については、その中から被告人岡の指示により同被告人のもとに四〇〇万円が、福本のもとへ簿外資金として被告人岡を通じ一三〇〇万円がそれぞれ交付されたとみる余地があること、さらに、昭和五三年七月二一日河野商事に国税庁の査察が入った後、フジタ工業の柴田常務、伊藤副社長らが被告人河野に対しフジタ工業に累が及ばないよう配慮を求め、また東京地方検察庁の捜査開始後の同五四年五月ころ、同社東京支店では中光部長が中心となり被告人隣ら河野商事を下請に使っていた作業所長を集めて対応策を協議し、簿外資金をできるだけ出さないよう指示がなされたことなどが認められ、これらの諸点からみて、本件が真に被告人らがフジタ工業から二億五〇〇〇万円もの金員を騙し取るつもりで行われたものか、それとも被告人らの弁解するごとく簿外資金作りであったのかは慎重な検討を要するところである。

しかしながら、右のような諸点を考慮に入れても、本件が簿外資金作りであるとする被告人らの右弁解は、前掲証拠によって認められる次のような諸事実に照らし信用することができない。すなわち、

(1) 前記一において認定したとおり、フジタ工業東京支店における簿外資金の保管は原則的に大西総務部長がしており、工事部長代理福本の保管は伊藤副支店長が同副支店長の営業活動の円滑を図るため右大西の暗黙の了解のもとに直接指示を下して行なっていた例外的なものであり、工事部長、まして一作業所長がその保管に携わることはなかったものであるのに、本件においては、被告人岡及び同隣が、もともと保管責任者に任せられている福本においてすら保管をした形跡のない一億円にものぼる巨額の金を、その金額を誰にも明かすことなく密かに保管していたというのは、簿外資金としてみた場合いかにも不自然であること、またそもそも、被告人岡が簿外資金を保管していたかについては、同被告人作成の出入金一覧表によっても、少なくとも本件表参道作業所関係起訴分以前に同被告人が調達した資金は、前記の趣旨で被告人河野から毎月供与を受けていた五〇万円を除き、すべて通常の簿外資金作出のルートで福本に届けられているものと認めるのが相当であること、

(2) 同様に前記一に認定したとおり、被告人岡及び同隣は、右金員を独自の判断で個人的な用途や部下職員の慰労その他現場の経費に費消しているのであり、特に被告人隣についてその金額は少なくとも約二〇〇〇万円に及んでいるのであって、簿外資金についてこのようなことはおよそ考え難いこと、

(3) 昭和五二年度において被告人岡に割付けられた簿外資金の金額が同被告人の供述するように六〇〇〇万円であるのか証人伊藤の供述するように三五〇〇万円であるのか、また同被告人に不足するかもしれない簿外資金調達補填の役割があったか否かは別として、本件資金調達当時同被告人の右割付金の調達は順調にいっており、また他の工事部長割付の簿外資金の補填を必要とした具体的な事情もないのであって、当時、「環八幹線その二工事」の利益を大きく圧縮してまで一億円もの簿外資金を調達しなければならない必要性はなかったこと、

(4) 被告人岡、同隣は同河野から五回にわたり合計一億円の返戻を受けているところ、その受渡し場所が新宿のホテル駐車場に停めた車の中などであって、一〇〇〇万円以上の多額の金員の交付場所として些か隠密裏に事を運んでいて不自然なばかりでなく、被告人岡、同隣は右返戻を受ける都度均等分した金額をそれぞれその場から自宅に持ち帰っているのであって、このことは、前記のとおり、誰にも口外したことのない点を考え併せるとき、両名で山分けしたことを強く疑わせるものである。しかも、被告人河野の指示により出金を記帳していた同被告人の妻河野富美江作成の手帳(被告人河野につき昭和五四年押第二〇三六号の8、同岡及び同隣につき昭和五四年押第一五三四号の17)によれば、本件返戻金額の後には被告人岡と同隣の名が併記されており、特に第二回目の一〇月二六日欄では被告人岡一五〇〇、同隣一五〇〇と記掲されているのであって、このことは右金員の返戻すべき相手として被告人両名が同等の立場で予定されており、かつ少なくとも一〇月二六日には返戻すべき金員の額も両被告人に対し一五〇〇万円ずつと予め決まっていたことを推測させるものであること、

(5) さらに、当初作出予定の二億円に加えて、後に五〇〇〇万円が追加増額され、右増額分が河野商事に支払われているところ、右増額分のうち二〇〇〇万円が被告人岡、同隣の弁解するとおり正規の工事代金支払分であるとすれば、その旨の支払手続をするのに何らの支障もないのにわざわざ税対策に苦慮しなければならない架空契約で処理することは不自然であるし、また、うち三〇〇〇万円についても被告人河野の主張する事実の有無を調査することもなくこのように多額の金員の支払を決定したとする点で、いかにも杜撰であり、被告人岡、同隣の述べるような増額の経緯を否定 る被告人河野の公判廷における供述をも考えると、結局右増額のいきさつが被告人岡、同隣の弁解するとおりであるかどうかは極めて疑わしいこと、

(6) また、被告人岡は、昭和五三年七月二一日河野商事に査察が入り、フジタ工業において、河野商事を使った簿外資金分について調査した際にも、本件で一億円の金を作ったことを具体的に報告せず、もとより自らこれを保管している旨の報告をしないまま、当時自宅に保管していた四千数百万円の金員を妻の実母のマンショに移して隠匿し、同隣も同様何らの報告をすることもなく、当時保管していた約一〇〇〇万円の金員について銀行の貸金庫を変えたりして隠匿していること、

(7) 逮捕前に検察官から本件について事情聴取を受けていたところ、被告人隣は同岡に対して、「部長は〈特〉といって通るんじゃないですか」などで述べて、本件を簿外資金であると弁解するよう慫慂したことが認められること(なお、この点につき、被告人隣は、本当の話ができればいいがという意味で述べたにすぎない旨弁解するが、右の言葉自体からみてそのようには理解されないばかりでなく、その前後の状況からみて、同被告人の弁護するような趣旨で述べたものとは考えられない。)、

(8) 被告人岡は伊藤副支店長に簿外資金不足の場合これを補填する役割を指示され、また自らこれを保管することも認められていたかのごとき弁解をしているところ、同副支店長が年間割付制の採用にあたり同被告人及び福本の意見を徴したことは認められるが、同被告人の供述によっても、要するにお金のことは頼むよといわれたというに過ぎないうえ、同被告人をかばい、その供述を裏付けるかのような証言をしている証人福本についても、その供述を仔細に検討すると、伊藤副支店長から同被告人に対して割付額が不足した場合にその補填をするようにとの明確な指示があったとまで証言したものとは認められないし、また同被告人の保管については決められていなかったとも供述しているのであって、このことに証人伊藤が当公判廷において右のような事実はなかった旨明確に供述していることに照らして考えるとき、被告人岡の弁解するような事実はなかったものといわざるを得ないし、また、被告人岡、同隣の、被告人岡が本件資金作り及び被告人河野からきた金を保管していることを伊藤副支店長に告げた旨の弁解についても、その被告したとする内容自体漠としており、環八作業所で一億円の金を作ってその金額を同被告人らが保管していることを理解させるものとは到底認められないうえ、被告人岡はその第二二回公判、同隣はその第二三回公判に至り右のような重要な事実を具体的に供述するに至ったものであり、他方、証人伊藤は公判廷においてそのような報告を受けた事実は全くなく、本件捜査が開始されたのちの同五四年六月ころはじめて人伝てに岡、隣が五〇〇〇万ずつ着服したと聞いて非常に驚いた旨供述しているのであって、以上によれば、被告人岡、同隣がその弁解するような報告を伊藤に対してした事実もまたなかったものといわざるを得ないこと

などの諸事実によれば、本件資金が簿外資金であるとするには余りに多くの疑問があって被告人らの前記弁解は容易に信用することができないといわざるを得ず、かえって本件資金は、前記の表参道作業所関係で作った金と同様、自己の仕事のために使うも、個人的用途に使うも自由な、全く拘束を受けない金として作られた疑いが濃厚といわざるを得ないのである(なお、本件の実質的被害者であるフジタ工業の被告人らに対する前記のような様々の不明朗な工作は、フジタ工業東京支店の簿外資金の存在、実態等で明らかになることを虞れた同社が、簿外資金作りに関与していた被告人らにこれを隠すようにとの趣旨の限度で働きかけたとみる余地が大きいのであって、本件一連の資金作りが同支店において簿外資金であったことの証左となるものではない。)。

4  しかるところ、右被告人三名は、捜査段階においては、本件二億五〇〇〇万円余の作出は、被告人河野が同岡に対し社内で偉くなるために自由に使える資金作りをすすめていたところ、「環八幹線その二工事」での設計変更で多額の利益が見込まれたことから被告人岡も資金作りを決意し、環八作業所長の被告人隣を誘い三名で話合い最終的には被告人岡の決断で二億円を作出し、一億円を返戻させ被告人岡、同隣が各五〇〇〇万円ずつ取得することとして実行に着手したが、途中被告人河野から同被告人個人の取得分として五〇〇〇万円要求されたので足許を見られたと立腹したものの、やむなくこれを容れ合計二億五〇〇〇万円余を作出することとして判示犯行に及んだ旨供述し、詐欺の事実を自白しているのである。

ところが、被告人らはいずれも右自白の信用性を争い、被告人河野は、昭和五四年七月二一日河野商事に国税庁の査察が入ってからフジタ工業の今川、柴田常務、伊藤副支店長らがら河野商事で喰い止めフジタ工業に迷惑をかけないようにするよう言い含められ、また、昭和五四年五月法人税法違反で逮捕されるまでの間にも被告人岡、同隣と会い企業防衛のため汚職にならないよう簿外資金のことは隠そうとも何度か話合っていた、また本件でフジタ工業に返戻した簿外資金の使途を追求されてフジタ工業を中心とする贈収賄事件に発展し、ひいて河野商事が工事を貰えなくなることも心配だったので個人で被った、また同被告人の取調に当った河内検事はイライラして怒鳴ることもあって調書の内容に異議申立をしたくともできるような雰囲気ではなかった旨、被告人岡は、河野商事に対する捜査が始まって後伊藤副支店長から簿外資金のことは隠し、かつ隠し切れない時は個人でやったものであるとして同被告人のところで喰い止めてくれるよう指示されていたところ、検察官の在宅取調を受けた終りのころ担当検事から同被告人関与の簿外資金のうち判示第二の一と二につき同被告人の個人犯罪として責任をとるよう言われたので、この二について個人で被る覚悟を決めことさら虚偽の自白をしたものである旨、被告人隣は、河野商事に国税庁の査察が入った後被告人河野はフジタ工業に累が及ばないようにする旨話していたし、その後被告人ら三名でフジタ工業の企業防衛のため簿外資金のことは出せないので個人で被るという話をしていた、その後検察庁の捜査の始まった後の昭和五四年五月ころ東京支店で三回にわたり河野商事を使っている作業所長らが集められ、中光工事部長が中心となって、取調に対し簿外資金のことは出さない、どうしても出さざるを得なくなった時でもできるだけ隠し、最終的には個人で被るよう指示されたし、勾留中も当時の弁護人を通じ柴田常務から頑張るように、そうすれば将来の面倒はみる旨言われたので個人で被るべく虚偽の自白をしたものである旨それぞれ述べて自白の信用性を争うので、以下被告人らの右主張について検討する。

確かに、河野商事に国税庁の査察が入って後、フジタ工業は簿外資金の実態が明るみに出るのを虞れて被告人河野に働きかけ、また検察庁の捜査開始後これへの対応策を練るなど種々の画策をしたことが窺われることは前に認定したとおりである。

しかしながら、本件起訴事実に関する被告人らの自白全体についていい得ることであるが、被告人岡はフジタ工業の一支店である東京支店の土木部門の一工事部長、同隣はその部下の一作業所長にすぎず、まして被告人河野は同支店の下請の河野商事の代表者にすぎないのであって、簿外資金作りに関与しあるいは協力してはいてもその具体的使途は関知しておらず、これを知りうる立場にはなかったのであり、しかも本件の捜査に当った東京地検特捜部は同被告人らを逮捕、勾留したころにはフジタ工業が必死になって隠そうとした同社の簿外資金の実体の概要をほぼ把握しており、また被告人らもそのことを知って簿外資金の存在と自己の関与分について供述をしていたのである。このような状況下において、仮に会社上層部の指示があったとしても、逮捕後相当期間勾留されて取調を受け、起訴されればその巨額な金額からみて厳しい処罰を受ける可能性も十分予見し得るなかで、その事実がないのに、本件起訴分についてのみ、詐欺という汚名をきてまで虚偽の自白をし、かつこれを維持するということ、被告人岡、同隣についてはさらにその経緯はともかくとして、現実に起訴されたのちにおいても事実を認めるということ、また被告人河野については、一下請業者である同被告人にとって、元請先に対する詐欺で有罪判決を受けることはいかに弁解しようとも同被告人が必死に守り育てようとする河野商事の業界における地位ないし信用を一気に失墜させるものであることは明らかであり、しかも自らの意思で選任した弁護人から助言を受け得る立場にありながら、なお虚偽の自白を維持するということは何といっても不自然であるといわざるをえないのである。加えて、被告人らは、いずれも、他に多くの簿外資金作りに関与しこのことを取調検事に話しておりながら、本件起訴事実については-同様の簿外資金であり、特に被告人岡、同隣についてはその調達後そのことを上司に報告したとしながら-、これを簿外資金ではないとして虚偽の自白をするということは全く不可解であるというしかないし、また証人五十嵐紀男の供述によれば、被告人隣については、同被告人は在宅当時当初これが個人犯罪として詐欺に当ることを認め、その後一旦会社のために作った簿外資金であることを供述し、さらにその後再び個人犯罪であることを認め本件起訴に至ったものであって、同被告人の弁解と異なり、同被告人は一旦はこれが簿外資金であると供述したことが窺えることからみても、同被告人らの右弁解は到底信用できないといわざるを得ない。

ところで、証人河内悠紀、同五十嵐紀男の各供述及び各被告人の身柄関係記録によれば、本件の捜査の経過は次のとおりであると認められる。すなわち、被告人河野及び河野商事に対する法人税法違反容疑について内禎していた東京地検特捜部は、その過程でフジタ工業と河野商事との間に多数の架空ないし水増契約と目すべきものがあり、被告人河野の妻河野美江のつけていたメモにはフジタ工業へ現金を返戻されていることが記載され、また被告人は約一三億円もの割引債権等を有していたため、同五四年五月二四日同被告人を判示第一の一の嫌疑で逮捕し、河野商事の工事収入を確定すべく裏付捜査をすすめたところ、同被告人は逮捕後一、二日して「いろいろ辛い目にあったがフジタのためやってきたのにその俺が逮捕されるのだからもう洗いざらい全部やって下さい。」旨述べて、まず判示第二の三の、次に同第二の二の、さらに同第二の一の各事実を順次自白し、この間フジタ工業をかばう様子は全くなく、これを契機に本件各詐欺の事実が明るみに出たこと、なお、同被告人の取調に当った検察官は河野商事からフジタ工業に対して多額の返戻金があったため、その一つ一つにつき個人的用途に当てるためのものか、正規の簿外資金であるか同被告人に確認して供述を得ていったこと、また、被告人隣の取調に当った検察官も一作業所長の同被告人が真実個人的用途にあてるため五〇〇〇万円もの金が必要であったのかという疑問を念頭に置きながらその供述を得たものであることがそれぞれ認められるのであって、このような捜査の経過からみても被告人らの自白は信用性が高いといわなければならない。

そして、本件に関する被告人らの自白内容は被告人ら三名がその詳細については特に打合せをしていないのに相互の供述内容に大きな矛盾はなく大筋において合致しており、ことに第一回査定後の同五二月八月下旬ころ、被告人河野から同被告人個人の取得分として五〇〇〇万円要求された点、それに対して被告人岡及び同隣が足許を見られたと立腹したものの、やむなくその要求を容れた点、また前記のとおり、捜査開始後被告人岡及び同隣の間で簿外資金といつていい逃がれようという話のあった点において供述が一致しているのであって、このようなことはその事実なくして考えにくいこと、さらにその具体的供述内容についてみても、本件犯行に至る経緯及び動機特に被告人河野が被告人岡や同隣に資金作りをすすめた理由、税金を支払うのであれば本来儲らないはずの簿外資金作りに協力することが河野商事の利益となる理由、自白の際の被告人河野の心理状況、被告人岡、同隣が「環八幹線その二工事」の設計変更により大幅な利益の出ることを知って本件犯行を決意するに至った経緯、協議の具体的内容、被告人河野から五回にわたり一億円が被告人岡、同隣に交付され五〇〇〇万円ずつに分けられた状況、前記のような五〇〇〇万円増加の経緯、河野商事に査察が入った後、大崎専務が中心となり被告人岡の管轄下の作業所等に工事原価等の調査を実施した際の同被告人の心理状況等について、その事実がなければ到底語りえない事情が被告人ら三名のそれぞれの立場から詳細かつ具体的に供述されていて虚偽の自白をしたものとは考えられない真実味が認められ、かつこれら供述内容が前認定の客観的事実等にもよく符合し、また関係者である伊藤晴芳、柴田進らの供述とも合致して矛盾がないことなどからみて、右自白はいずれも十分信用できるものといわなければならない。

なお、弁護人らは、増額となった五〇〇〇万円についても河野商事宛に支払われて被告人河野個人のものとはなり得ないから、これが被告人河野個人取得分であるとする被告人らの自白は信用できないとも主張するけれども、河野商事は実質的には被告人河野及びその妻のみを従業員とする個人会社であり、同被告人自身個人と法人とを明確には区別していなかったものと認められ、また右の個人分というも、結局はさらに五〇〇〇万円を要求した口実にすぎないとも考えられるのであって、弁護人主張の点があるからといって、その自白が信用できないとはいえない(なお、被告人河野に対する関係で付言すると、このことは、後記のとおり、判示第二の三の事実について、被告人河野個人所有にかかる土地、建物の売却代金を河野商事宛に支払わせている事実からみても明らかであろう。)。

また、弁護人らは、被告人隣が第一回目の返戻分として同河野から受取った一五〇〇万円のうち七〇〇万円を部下の森山に預けた事実がある点をとらえ、詐欺であるならばそのような危険な行為をするはずがなく、この点からみても被告人隣の自白は信用できない旨主張するのであるが、前記のとおり、本件においても、被告人らが五〇〇〇万円の金を全く私的用途にのみ費消する目的で本件犯行に及んだとまでは認められず、自己の仕事のために使うも、個人的用途に使うも自由な、使途について拘束を受けない金として作ったものと認められるのであるから、そのうち一部のみを部下職員に預けたとしても、そのことだけから被告人隣の詐欺の犯意を否定する理由となし得ないことはもちろん、同被告人の自白が信用できない証左となるものともいえないのである。

5  以上説示のとおり、本件資金作りについても、その外形的事実について判示のとおりの事実が存し、その通達、保管、使途につきフジタ工業東京支店における従来の簿外資金のそれと著しく異なり、これが被告人らの個人的犯罪として行なわれた疑いが濃厚な多くの諸事実が認められるところ、その旨の被告人三名の自白が十分信用できることがそれぞれ認められ、以上によれば、判示第二の二の行為についてもこれが詐欺罪に概当することは明らかであるというべきである。

6  なお、被告人隣の前掲供述調書によれば、被告人隣は、別紙二番号4の支払に際し、河野商事のフジタ工業に対する実工事代金六一万円を含めて支払った旨供述しているところ(なお、実工事代金二〇〇〇万円が含まれているとの同被告人の公判供述が信用できないことは前示のとおりである。)、同被告人の六月二二日付供述調書及び証人五十嵐紀男の供述によれば、被告人隣は同番号の契約段階から右実工事分を含めた訳ではなく、契約締結時においては全部架空のつもりであったが、その支払時点で右実工事分があり、かつ作出資金の方が二億五〇〇〇万円より少し多かったので他の被告人に相談することもなく独断でこの多い分で右実工事分を支払ったことにしておけばよいと考えたにすぎないことが認められるから、結局、この点は詐欺の利得の処分としてこのように観念的に操作したという意味を持つだけであると認められ、不法利得の額を左右するものではないというべきである。

四  小石川作業所関係-被告人河野

ついで、判示第二の三の事実につき検討する。

1  被告人河野が片山正喜とともに小石川作業所において四〇〇〇万円の金を作った前後の状況が以下のようなものであったことは、被告人河野及びその弁護人においてほぼ争わず、かつ前掲証拠上も明かに認められるところである。

(1) 小石川作業所長であった片山正喜は、昭和三八年フジタ工業の前身の株式会社藤田組に途中入社し、東京支店土木工事部に勤務し、同四三年一二月大阪支店に転出した後同五〇年一二月再び東京支店土木部に戻ったが上司との折合が悪く東京支店に転入後満足に仕事も与えられないでいたところ、かねて親交のあった被告人河野の口添えや片山と同期入社の伊藤副支店長の引き立てで同五二年三月一日からフジタ工業が東京電力株式会社から受注した「練馬九段線管路新設工事(第四工事)」を施工する工事第一部所属の小石川作業所長に抜擢されたものであり、右工事には河野商事も下請業者として加わっていた。

(2) 片山は大阪支店在勤当時賭事や女性関係、さらには作業所長をしていた工事の設計変更をしてもらうための根回しなどに金を使い多額の負債を作り、東京都練馬区南大泉に有していた自宅を処分してこれを清算していたところ、前記のとおり東京転勤となったため、妻子ら家族を大阪に残し、適当な住居が見付かるまでということで単身赴任し、適当な住居も見付からないままフジタ工業の職員宿舎や独身寮住まいを経て同五二年八月から民間マンションの一室を借りて生活していたが、家族を呼び寄せるため翌五三年三月までに住居を探す必要に迫られていた。しかしながら、同人は前記の事情で自宅を手離したりしていて、新たに自宅を購入する資力は全くなかった。

(3) 被告人河野は片山が大阪へ転勤する前から同人と知り合い親しくしていたものであるが、同人が再度上京したのを機会に同人との交際を復活し、同人が単身赴任であったことから共に好きな将棋をしたりして親しく交際するうち、同人から大阪で会社のため借金し、南大泉の家を売却して清算した旨聞かされ、また、同人の話から家族を呼寄せるため家を探しているものの、同人には新たに自宅を購入する資力のないことを知るに至った。

(4) このようなことから、同被告人は片山に自己が大竹一彦名義で都内練馬区谷原一丁目二一番三号に所有している家屋を提供するから借家として住んではどうかと提案し、翌五三年一月下見に来た片山の妻も右家屋への入居を承知したため、交渉を重ねたところ、結局右家屋を借家とするのではなく、同被告人所有の敷地を含めて売買とすることに話がまとまり、その代金はフジタ工業における簿外資金作りと同様の方法により作出した金員をもってあてることとし、その際、河野商事の手数料分二〇〇〇万円を上乗せして四〇〇〇万円をフジタ工業から引き出すことも取り決めた。

(5) 片山は同五三年三月八日有谷原の家に入居し、その後判示第二の三のとおりの手続を経てフジタ工業から河野商事に合計四〇〇〇万円の支払をさせた。

以上のとおり認められる。

2  ところで、被告人河野は、この点につき、当公判廷において、片山から同人が大阪在勤当時担当工事の設計変更をしてもらうため都内の自宅まで売却してその資金に充てていたところ、その途中で東京へ転勤になった旨聞いたが、同人はそのためフジタ工業に貸しがあるとの感覚であった、同人は単身赴任してきていて早晩家族を呼び寄せるため家を探しており、伊藤副支店長や岡工事部長からも明確に、あるいはそれとなくその面倒をみてやるように言われたので、フジタ工業として片山に家を持たせようとしているものと思った、また、売買代金は同被告人がこれを取得した時の代金一三〇〇万円にその後同被告人が支出した登記料、修理費用を加えて一五〇〇万円としこれに河野商事の手数料一五〇〇万円を上乗せした三〇〇〇万円が本件作出金員のうち売買関係のものであり、残り一〇〇〇万円は片山が東京電力の小石川の現場監督に設計変更をして貰うのに要する資金やフジタ工業本社の人達とゴルフに行ったりする接待費用、谷原の家の修理代金等に当てる資金として五〇〇万円とその河野商事分の手数料である旨弁解する。

確かに片山が同被告人に大阪在勤当時仕事のことで自宅を売却したかのごとき話をしたこと、片山は東京と大阪の二重世帯で早晩家族を呼び寄せるため家を見つける必要があり、伊藤副支店長や岡部長もこれを知って気にかけていたことは証拠上認められ、また同被告人の検察官に対する前掲五月二九日付供述調書によれば、同被告人は捜査段階で当初、本件土地家屋売買代金捻出のための架空工事契約は、契約年月日昭和五三年三月一〇日、工事金額三七九〇万円、契約番号〇四〇-〇一であるとし、うち九九〇万円は別口の簿外資金であり、売買代金は一四〇〇万円でその手数料も一四〇〇万円である旨前記弁解に近い供述をしていたことが認められる。

しかしながら証人伊藤晴芳及び被告人岡は、公判廷において、被告人河野に対し片山の家の件で面倒をみるよう頼んだことはない旨明確に否定しているところ、前記一に認定したとおり、フジタ工業において簿外資金、しかも二〇〇〇万円もの多額の簿外資金が一作業所の全く私的な用途に使われることはそもそもありえないところであるばかりでなく(同被告人の弁解を前提にしてみても、片山に返戻した二〇〇〇万円のうち売買代金に充てた一五〇〇万円及び五〇〇万円のうちの谷原の家の修理費については同様のことがあてはまり、また五〇〇万円のその余の使途についても片山がそのような目的で勝手に簿外資金を調達、使用することのありえないことは前記一の認定事実に照らし明らかである。)、片山が自宅を処分したのは賭事や女性関係にも金を使って借金したからであり、かりに仕事上必要があって借金をし、その穴埋めをすることが自宅処分の理由の一であったとしても、それはあくまで片山個人の問題にすぎず、フジタ工業がこれを目して片山に借りがあると考えて、その家屋代金を支払ったうえこれに匹敵する額の手数料ないし税金相当分をも負担し、しかも大阪支店での出来事を全く組織の異なる東京支店で穴埋めするなどということは、被告人河野の強調する土木業界の前近代的性格をいかに考慮に入れてもおよそ不合理であることに照らして、右伊藤及び岡の供述は信用できる反面、本件がフジタ工業の指示に基づくものあるいはその旨信じた旨の被告人河野の弁解は到底信用することができない。他方、本件共犯者片山は、当公判廷において、谷原の土地、建物は、当初借りるつもりであったが被告人河野にすすめられて売買することとなり、代金を二〇〇〇万円、河野商事の税負担分を二〇〇〇万円として必要書類を自分が作成し、判示犯行に及んだものである旨供述しているところ、同人は既に本件でフジタ工業を懲戒免職となって同社を離れており、同被告人を罪に陥れるためことさら事実を曲げて供述する理由も必要もないと思われるうえ、その供述内容も具体的かつ詳細であって、前認定の諸事実からみても自然で矛盾がなく十分信用できると考えられる。

3  ところで、被告人河野は、捜査段階においては、片山が家を探していることを知り当初貸すつもりで谷原の家をすすめたがその後売る気持に変り同人に買うことをすすめたが同人には金がなく簿外資金作りの方法で代金を決済するしかないと考えた、簿外資金は会社のためのものであるから片山個人のためにやるのはフジタを騙すことになるが、同人は会社のため尽力している割には報われず気の毒に思っていたので家の一軒位いいのではないかと考えた、岡部長らに一億円の金を作ってやったこともあって余り抵抗感はなかった、そして片山もこれに同調してきたので、後日岡部長に片山に谷原の家を売ることにしたのでよろしくと話しておいた旨、さらに売買代金については当初の供述を訂正して、家屋の修理代金や登記料を含めて二〇〇〇万円とし、これに河野商事の手数料二〇〇〇万円を上乗せして判示行為に及んだ旨述べて、自白しているところ、同被告人の右自白は、当初賃貸のつもりが売買に変った経緯、動機、特に簿外資金の方法で売買代金を決済することに至る心理状況等についてその事実なくして到底語りえない事情が詳細かつ具体的に供述され虚偽の自白をしたものとは考えられない真事実が認められ、このことに前認定の同被告人が本件を自白するに至った経過、さらには、その供述内容が前認定の各事実にも符合し自然であるのみならず、共犯者片山、関係者伊藤らの供述内容とも合致して矛盾がないことからみて、右自白は十分に信用できるものといわなければならない(本件土地家屋売買代金捻出のための架空工事契約が契約番号〇四〇-〇一の三七九〇万円である旨の捜査当初の供述は、片山の当公判廷における供述及び被告人河野のその後の自白に照らして明らかに誤解に基づく供述であると認められ、従って、本件架空工事契約の中に別口の簿外資金が含まれている旨の供述も信用できない。)。

なお、本件資金調達の過程においては、片山の当時の直接の上司であった被告人岡の明示若しくは黙示の了解があった可能性が高いが、被告人岡がこれを了解していたとしても、同被告人にこのような目的で簿外資金を作出、使用することを了解する権限のないことは多数回にわたり簿外資金作りに関与したばかりか判示第二の一、二のとおり既に簿外資金作りの方法を利用し同被告人とともに同被告人らの個人資金の調達に関与した被告人河野が了知し得ない筈はなく、従って被告人岡が本件資金作りを了解していたとしても、それが被告人河野に対する詐欺の成否を左右するものでないことはいうまでもない。

4  以上説示のとおり、本件資金作りについてはその外形的事実に疑いを容れる余地がなく、その作出目的、使途がフジタ工業において行なわれてきた簿外資金と著しくその性格を異にし、これが被告人らの個人犯罪である疑いが濃厚な多くの諸事実が認められるところ、その旨の被告人河野の自白及び共犯者片山の供述が十分信用できることが認められるのであって、以上によれば本件もまた詐欺罪に該当することは明らかというべきである。

この点に関する被告人河野及び弁護人の主張も理由がない。

(被告人河野の弁護人の主張に対する判断)

被告人河野の弁護人は、同被告人が詐欺として起訴されている各事実は、河野商事の代表取締役をしていた同被告人が元請先のフジタ工業東京支店がかねてから行なっていた簿外資金作りの一つとして協力したにすぎず、かつそれ以外の認識はなかったのであって、本来無罪であるべきものであるが、右各事実は、当該簿外資金の使途、行方を突きとめることによりフジタ工業の政官界工作としての贈収賄を狙って大捜査をした検察側が、フジタ工業を守ろうとする同被告人らから本件がいずれも個人犯罪である旨主張し通されてこれに失敗したため、事実を歪曲し、本件簿外資金作りに関与していた同被告人らがフジタ工業に対しなした詐欺事件であるとして起訴したものであり、このような公訴の提起は検察官の職務犯罪を構成するか若しくはその疑いの濃い場合であるから、公訴権濫用として右公訴は棄却さるべきである旨主張するが、被告人河野につき本件詐欺の事実が認められ、右主張に沿う同被告人らの弁解の信用し難いことは前記に詳細説示したとおりであって、弁護人の右主張はその前提を欠くものであるから、理由がない。

(法令の適用)

被告会社の判示第一の一ないし三の各所為はいずれも法人税法一六四条一項、一五九条に、被告人河野の判示第一の一ないし三の各所為はいずれも同法一五九条に、同被告人の判示第二の一ないし三の各所為、被告人岡の同第二の一、二の各所為、被告人隣の同第二の二の所為はいずれも刑法六〇条、二四六条二項に各該当するところ、被告人河野の判示第一の一ないし三の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告会社、被告人河野、同岡の以上の各罪はそれぞれ同法四五条前段の併合罪であるから、被告会社については同法四八条二項により各ほ脱額を合算した金額の範囲内で、被告人河野、同岡についてはそれぞれ同法四七条本文、一〇条により、被告人河野につき刑及び犯情の最も重い、同岡につき犯情の重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人隣についてはその所定刑期の範囲内で、被告会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人河野を懲役三年六月に、同岡を懲役三年に、同隣を懲役二年六月に各処し、情状により同法二五一条一項を適用し被告人岡に対して四年間、同隣に対して三年間それぞれの刑の執行を猶予することとし、被告人河野利夫他一名の詐欺等被告事件の訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人河野の負担とする。

(量刑の理由)

まず、被告会社及び被告人河野の法人税法違反についてみるに、右は被告会社の代表取締役をしていた被告人河野が、被告会社の業務に関し、昭和五一年四月期から同五三年四月期までの三年間にわたり、不正な方法で所得を秘匿して三期合計五億一六〇〇万円余の法人税をほ脱したというものであるところ、そのほ脱額が右のとおり巨額にのぼるばかりでなく、そのほ脱率は同五一年四月期が九八・四パーセント、同五二年四月期が九九・六パーセント、同五三年四月期が一〇〇パーセントで申告率が極めて低く、しかも、被告人河野は所轄税務署の再三の税務調査を受け、特に同五一年一一月にはほ脱の事実が発覚したのにかかわらず、同一手口による犯行を重ねたものであって、納税意欲を皆無に等しいものといわざるをえない。加えて、その手段・方法は、被告会社がフジタ工業から受領した工事収入につき、毎月の資金量を計算し所要の経費を差し引いて簿外資金として蓄積しうる金額を算定し、妻に命じて架空取引先に対する外注、傭車費、捨場代等を計上させ、それに見合う偽造領収書を作成させたうえその支払を仮装して小切手を振出し、これを現金化して簿外資金とし、自宅に保管したり割引債券や金地金を購入したりしていたもので、極めて計画的かつ大胆である。さらに、本件は、フジタ工業東京支店の専属下請業者をしていた被告会社が、同五〇年ころから同支店工事部長代理岡敏晴から被告会社の請負単価等につき有利な取り扱いを受け大幅な利益が上がるようになったのを契機に、被告人河野が事実上妻と二人で切り回していた被告会社につき自宅兼事務所を分離させて新社屋を建築し、また、有能な社員を多数採用するなどしてその充実発展を企図し、これに要する資金を簿外で蓄積しようとしたというものであって、右のような犯行の動機に格別酌量すべき点がないうえ、その所得中には本来の営業に基づくもののほかフジタ工業東京支店の簿外資金作りに協力した際対税費用として手数料名目で同社から簿外資金の二ないし一〇割相当の金員を受領しているにかかわらず、これらについても殆ど納税していないことが窺われること、さらに同被告人は当公判廷において、同五四年四月期に過去の三年分をまとめて納税するつもりであった旨強弁するなど真に反省しているかは疑わしいことをも併せ考えると、被告会社及び被告人河野の刑事責任は、法人税法違反の点のみをみても重大であるといわざるをえない。

次に、被告人河野、同岡、同隣の各詐欺の点についてみるに、右各犯行は、フジタ工業東京支店においてかねてから前記説示の方法で前記の簿外資金を作出し、被告人河野はその専属下請業者河野商事の代表取締役として、同岡は同支店の工事部長代理ないし工事部長として、同隣は同支店工事部の作業所長として、右簿外資金作りに関与していたところ、同支店における工事契約締結手続及び工事代金支払手続等を分掌する調達、工務、経理各課の審査決済がおおむね形式的となっており、工事部長ないし作業所長ら工事部関係者の権限が大きく、また簿外資金作りの方法等についてもこれらの者の権限が大きいことを奇貨とし、それぞれ判示のとおり共謀のうえ、簿外資金作りと同様の方法で犯行に及んだものであり、またその動機をみても、被告人岡、同隣においては、朝香とともに、それぞれ、担当工事の円滑促進を図り社内において有利な地位を占めるべく正規には認められない部下職員の慰労や上司との交際、接待などに使用するため自己の裁量で自由に使用できる資金欲しさから、被告人河野においては、判示第二の一、二については右のような被告人岡らの行為に協力するということ、判示第二の三については被告人河野所有の土地建物を片山に売却するに当たりその売買代金を確保するということのほか、対税資金の名目で供与される手数料につきその税をほ脱することによりまる儲けをするとともに、他方では被告人岡らが右資金を活用するなどして昇進し社内的地位を確保することは河野商事の躍進につながるとの思惑から、それぞれ各犯行に及んでいるものであって、それらに特に酌量すべき点はないばかりか、その被告金額が被告人河野の関係では合計三億二〇〇〇万円余(うち同被告人側の利得分約一億七九〇〇万円)、同岡において合計二億八〇〇〇万円余(同六二〇〇万円)、同隣において二億五〇〇〇万円余(同五〇〇〇万円)という巨額にのぼるうえ、その態様もフジタ工業東京支店の幹部職員とその専属下請業者とが一体となりその地位、権限を悪用して敢行した計画的な巧妙なものであって、同社の信頼を裏切りその信用を著しく失墜させたばかりでなく、本件はいずれも公共事業ないし公共的色彩の強い工事を舞台に行なわれたものであって、その与えた社会的影響も無視できないものがある。加えて、被告人河野については、前記のような思惑から各詐欺につきいずれも共犯者を慫慂するなどして積極的に犯行を推進し、特に判示第二の二の犯行においては実行に着手後被告人岡らの足許をみるごとく手数料のほかに同被告人個人の取得分として五〇〇〇万円を要求しており、また同第二の三はさし当たり必要のない自己所有の土地建物を片山に売却する際資金のない同人のため購入代金決済という全く私的目的に出たものであるなどいずれも、極めて自己中心的、打算的傾向が顕著であって、犯情悪質というほかなく、しかも未だ示談等何ら被害弁償にも努めていない、また、被告人岡、同隣については、それぞれフジタ工業東京支商の工事部長代理ないし工事部長、作業所長として多くの部下職員及び下請業者を指揮、監督すべき立場にありながら前記のような思惑から安易に本件各犯行に及んだばかりでなく、特に判示第二の二の犯行の際は、これに利用された環八幹線その二工事において、被告人両名が中心となり発注者の都下水道当局に是非必要である旨説明して設計変更を認めさせたにもかかわらず、これによって認められた薬液注入工事につき薬注担当者からその安全性を危惧するような悪質かつ大幅な手抜き工事を行なって資金捻出を図ったことが窺われるのであって、その犯情も甚だ悪質である。なお、被告人岡については、同被告人の決断なくして本件犯行は生じえなかったものであって、被告人隣及び朝香を犯行に引き込んだことを含め、その責任はより重大である。

しかしながら、フジタ工業東京支店においてはかねてから工事受注競争等に打ち勝つため政財界等に対する工作等に使用する営業用資金などとして判示方法により多額の簿外資金を作出するなど著しく不明朗な会計処理を行ない、またその調達、保管、使途等についても杜撰な管理しかしておらず、このような同社の体質が被告人らをしてさほどの罪悪感を抱かせることなく各犯行を決意させたと認められないではないこと、加えて実質的被害者であるフジタ工業は、河野商事に対する国税庁の査察及び本件捜査等の前後を通じ、簿外資金の全貌、ことにその使途が明らかになるのを虞れてか、社をあげて罪証隠滅と疑わしき不明朗と一連の行為に及んでいるのであって、本件犯行自体による被害感情はむしろ薄いと認めざるを得ないこと、被告人らについてはいずれも前科前歴がなく、本件により被告人河野及び被告会社は被告会社とフジタ工業との基本的取引契約を解除され、相当の経済的打撃を蒙っていること、同被告人らは法人税法違反につき既にほ脱額及び重加算税を完納していること、被告人岡及び同隣は、その利得額を全額個人費消した訳ではなく、その相当部分を部下職員の慰労ないし現場経費などに支出し、また逮捕当時は保管していた残金もすべてフジタ工業に返還しているほか、個人費消分につき被告人岡は五九一万円、同隣は六八五万円を支払ってフジタ工業との間に示談が成立していること、加えて本件により被告人岡は二〇年、同隣は一七年にわたり勤務してきたフジタ工業を懲戒免職されるなどすでに相応の社会的制裁を受けていること、なお、被告人隣については直属上司であった被告人岡のすすめにより本件犯行に加担したものであることなど被告人らに有利な諸事情もまた認められる。

以上のほか、本件各公判に現われた一切の諸事情を総合考慮すると、被告人河野については、法人税法違反がそのほ脱額において巨額である等この種事件としても悪質であるうえ、詐欺の点もその犯行回数、地位、役割等関与の程度、利得額等からみて悪質というほかないのであって、前記のような有利な諸事情を考慮しても、同被告人に対しては刑の執行を猶予すべき情状は見出し難いといわざるをえない。他方、被告人岡、同隣については、その犯行回数、利得額、使途、被害弁償等を総合考慮すると、同被告人らに対しては刑の執行を猶予し社会内における更生の機会を与えるのが相当である。

そこで、以上諸般の事情を考慮し、各主文のとおり量刑したうえ、被告人岡については四年間、同隣については三年間それぞれその刑の執行を猶予することとした。

求刑

被告会社 罰金二億円

被告人河野 懲役六年

同岡 懲役四年

同隣 懲役三年六月

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林充 裁判官 白木勇 裁判官 田中亮一)

別紙

修正損益計算書(一)

株式会社 河野商事

自 昭和50年5月1日

至 昭和51年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙

修正損益計算書(二)

株式会社 河野商事

自 昭和51年5月1日

至 昭和52年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙

修正損益計算書(三)

株式会社 河野商事

自 昭和52年5月1日

至 昭和53年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

税額計算書

〈省略〉

別紙一

〈省略〉

(実際出来高合計 五四八一万一〇〇〇円)

(査定額合計 八五四六万〇〇〇〇円)

(利得額合計 三〇六四万九〇〇〇円)

別紙二

〈省略〉

契約額合計二億五二四〇万〇〇〇〇円 利得額合計二億五二〇四万八五〇〇円

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